BNCTとは 本文へジャンプ


粒子線腫瘍学研究分野

      教授(医師) 鈴木 実


 ホウ素中性子捕捉療法 (Boron Neutron Capture Therapy; 以下BNCT) の原理を紹介します。
BNCTの原理は、医療とは関係のない物理の話から入ります。ホウ素中性子捕獲反応という中性子とホウ素の間でおこる反応があります。下の図1を参照してください。

図1 ホウ素中性子捕獲反応
ホウ素原子は、エネルギーの低い中性子を取り込んだ後、直ちに、ヘリウム原子核とリチウム原子核に分裂する。この反応の起こる場の大きさは、約癌細胞1個分である。

 ホウ素(10-B)はエネルギーの低い中性子を非常に高い確率で捕まえ、直ちにヘリウムの原子核とリチウムの原子核に分裂します。この2つの原子核は、それぞれ10マイクロメーター(1ミリの百分の1)以下の距離を動いて止まります。この反応が起こる場の大きさは、図1にありますように、癌細胞1個の大きさ以下です。ホウ素中性子捕獲反応が癌細胞の中でおこると、2つの原子核により癌細胞1個のみが照射されることになります。ヘリウム原子より重い粒子線を重粒子線と呼びますので、ホウ素中性子捕獲反応により、癌細胞1個が重粒子線照射されたことになります。

 BNCTが成功するためには、癌細胞に選択的にホウ素を集める必要があります。現在、BNCTの臨床研究で主に使用している薬剤はボロノフェニルアラニン(Borono-phenylalanine; 以下BPA)という薬剤です。アミノ酸であるフェニルアラニンにホウ素を付加した薬剤です。癌細胞は分裂増殖をすることにより癌が増大していきます。そのため、通常の正常細胞より増殖分裂に必要なアミノ酸の取り込み能力が亢進しています。この性質を利用して、BPAは腫瘍細胞に周囲の正常組織細胞と比較して、より多く選択的に取り込まれることになります。

 BNCTの照射当日は、中性子照射直前までに約2時間かけてBPAを点滴し、癌細胞に、正常組織よりも癌細胞に多く選択的にBPAが取り込まれた状態を準備いたします。この後、直ちにKURにて腫瘍の部位に中性子を30分から90分照射すると、下の図2に示しますように癌細胞で、ホウ素中性子捕獲反応がおこり、癌細胞のみが2つの重粒子線により照射されます。

図2 ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の原理
ホウ素原子を癌細胞に選択的に取り込ませた後に、エネルギーの低い中性子線を照射すると癌細胞の部位でのみホウ素中性子捕獲反応がおこり、癌細胞のみが死滅する。エネルギーの低い中性子線は、ホウ素を取り込んでいない正常細胞には大きな損傷を与えない。


 一方、癌細胞の隣にある正常細胞にはその2つの原子核が届きません。また、原子炉から取り出されるエネルギーの低い中性子線は、癌細胞、正常細胞に対して均等に照射されますが、エネルギーが低いことからホウ素を取り込んでいない正常細胞に対して、大きなダメージを与えることはありません。現在、国内外で行われている重粒子線治療は、炭素線を体の外から癌に集中させて照射しています。一方BNCTは、ホウ素中性子捕獲療法を医療に応用することにより、体の中で、2つの原子核による粒子線を癌細胞選択的に照射することが可能です。BNCTは、癌細胞選択粒子線治療というユニークな治療方法であるといえます。

 図2のように、正常細胞には、全くホウ素化合物が取り込まれていないことが、BNCTにとっては理想です。しかし、現在、臨床研究に使用しているホウ素化合物は、正常細胞にも取り込まれますので、正常組織に対する副作用については、通常の放射線治療と同様に十分な注意が必要となります。また、BNCTに使用する中性子線は、体の中に入ると水素の原子核である陽子と衝突することにより、体の深いところには届きにくいという物理的性質がありますので、膵臓がんなど体の深い位置にある腫瘍への適応は困難です。