本稿は、原子力資料情報室編「チェルノブイリ10年:大惨事がもたらしたもの」(1996年4月)に掲載された。

 

チェルノブイリ原発事故の原因の見直し

                    今中哲二

 


 事故原因という側面からチェルノブイリ事故を考えた場合、なんと言ってもその特徴は、暴走事故、つまり出力の急激な上昇によって原子炉が破壊されてしまったことである。それまで、破局的な事態に至る原発事故としては、炉心の冷却に失敗して原子炉が溶融してしまう冷却材喪失事故の方が第一に心配されていた。暴走事故などというものは、原理的には考えられても、実際には到底起きるはずのないものと考えられていたものだった。

1986年ソ連政府報告

 1986年8月ソ連政府は、ウィーンで開かれたIAEAの会議に事故報告書(以下86年報告)を提出した。86年報告は400頁を越える大部なもので、それまでの秘密主義のソ連の姿勢に比べ、その詳細さは、当時の西側関係者を驚かせた。その報告によると、事故の原因は、点検のための原子炉停止の機会に合わせて、タービン慣性回転を用いた電源テストを行った際、「運転員による、きわめて信じがたいような規則違反の数々」があったためとされた。会議ではIAEAや西側専門家もその説明を了解したことになっている。

 86年報告の指摘する数々の違反とは、

違反その@:制御棒の反応度操作余裕(注1)が制限値以下で運転を継続したこと、

違反そのA:予定出力以下の炉出力で電源テストを行ったこと、

違反そのB:一次系循環ポンプを全台運転し、ポンプの流量が規定を越えたこと、

違反そのC:タービン蒸気弁閉にともなうスクラム(原子炉緊急停止)信号をバイパスしたこと、

違反そのD:気水分離タンクの水位・圧力にともなうスクラム信号をバイパスしたこと、

違反そのE:ECCS(緊急炉心冷却装置)を切り離していたこと、

の6項目であった。

 86年報告によると、原子炉の出力上昇に気付いて運転員は、手動スクラムボタン(AZ-5)を押したが、時既に遅く暴走を防げなかったということになっている。

 しかし、1994年1月にNHK特集「チェルノブイリ:隠された事故報告」でも放映されたように、IAEAや米国代表団は、本当の原因を追究せずチェルノブイリ原子炉の欠陥を公けにしないということでソ連代表団と取引きをしていたのであった。

1991年特別調査委員会報告

 1991年1月、ソ連原子力産業安全監視国家委員会の特別調査委員会は、「チェルノブイリ4号炉事故の原因と状況について」と題する報告書(以下、91年報告)を発表した。この特別調査委員会は、前年2月から、ソ連最高会議のチェルノブイリ事故調査委員会の指令を受けて、事故原因の再調査に取り組んでいたものである。その結論は、86年報告とは全く異なり、「事故の原因は、運転員の規則違反ではなく、設計の欠陥と責任当局の怠慢にあり、チェルノブイリのような事故はいずれ避けられないものであった」と述べている。この報告によると、事故の進展は以下のようなものであった。

 1986年4月26日0時28分、原子炉出力の低下にともなう出力制御系切り換えの際に、誤って炉熱出力が0〜3万kWに低下した。出力再上昇の努力の結果、1時23分頃、熱出力20万kWでなんとか安定するに至った。この時の炉の状況は、制御棒の引き抜きにともなう反応度操作余裕の低下と出力分布の歪、低出力にともなう正のボイド反応度係数(注2)などが相まって、一触即発の状態に陥っていたが、運転員がそのことを知る由はなかった。

 1時23分4秒、タービンへの蒸気弁を閉じ、テストが開始された。テスト電源に接続されていた4台の循環ポンプの流量が若干低下し、炉心での蒸気発生がいくらか増えたが、その効果は、若干の圧力上昇と自動制御棒の挿入で相殺された。テスト中、原子炉の出力は安定しており、運転員の操作や警報の作動をうながすような兆候は何もなかった。

 1時23分40秒、運転員が原子炉を停止するためAZ-5ボタンを押したことが、事故の発端となった。すなわち、制御棒の一斉挿入によりポジティブスクラム(注3)が発生し、停止するはずの原子炉が、逆に暴走を始めた。急激な出力上昇により、燃料棒、さらには圧力チャンネル管が破壊された。大量の蒸気発生にともなって、正のボイド反応度係数がさらなる暴走をもたらした。炉容器内の圧力上昇は、原子炉の上部構造物を持ち上げ大量のチャンネルを破壊し、制御棒を固着させ、万事休すとなった。

 事故の出発点は、「低出力でかつ手動制御棒が制限値以上に引き抜かれていた状態において、AZ-5ボタンを押したこと」であった。 自動車を止めようとしてブレーキを踏み込んだら、アクセルになっていた、というようなもので、とんでもない欠陥車であった。

でっち上げだった規則違反

 86年報告が指摘している運転員の6つの違反については、91年報告は以下のように述べている。

違反E:ECCSを解除したのは規則違反であったが、テスト手順書に従ったのであって、運転員の違反ではない。ECCSが生きていたとしても事態の進展に関係ない。

違反D:気水分離タンク水位・圧力のスクラム信号を運転員が切ったと言われているが、実際にはすべて生きていた。ただ、出力60%以下になったとき、水位低スクラムの設定値を規則通りに変更しなかったが、そのことで運転員を責めることはできない。運転員は、警報の発生が予想される事態にあっては、設定値を変更してでもスクラムを避けるよう要請されていた。

違反C:タービンへの蒸気弁を閉じた際、スクラム信号が解除されていたのは、違反でもなんでもない。運転規則では、電気出力10万kW(熱出力約32万kW)以下のときは、この信号を解除しておくよう定めている。

違反B:すべての循環ポンプを運転してはならない、とは運転規則では定められていない。いくつかのポンプの流量が制限値をいくらか越えていたことは、規則違反であったが、この制限は、ポンプのキャビテーションを防ぐために設定されたものであり、実際にはキャビテーションを起こしていなかったことが確認されている。

違反A:当初の予定より小さな出力でテストが行われたが、低出力での運転が禁じるような規則があったわけではない。それどころか、規則ではAZ-3警報の作動時や電力系統の異常の際には、所内用電源として必要なレベル(熱出力20〜30万kW)に出力を落として運転することが決められている。

違反@:運転規則によると、反応度操作余裕が15本まで低下したときは、原子炉を速やかに停止せねばならない。運転員は、規則違反を知りながら運転を続け、テストを実施したと思われる。しかし、それが事故の原因であったとは言えない。なぜなら、反応度操作余裕の値が緊急防護系の有効性に影響を及ぼすということは、運転員には知らされていなかった。如何なる運転状況であろうと、緊急防護系は有効に作動し原子炉は停止する、と運転員が期待していたのは正当であった。

原因は原子炉欠陥と責任者の怠慢

 91年報告も、運転員の規則違反がまったくなかったと言っているわけではない。規則違反はあったが、それによってチェルノブイリ事故という大惨事の責任を運転員が問われるようなものではない、と述べている。責任を問われるべきは、チェルノブイリ型原子炉(RBMK炉)の欠陥を知る立場にあった、設計開発責任者であり科学技術指導者たちである、と指摘している。

 反応度操作余裕が小さくなると、緊急防護系の有効性に問題があることは、チェルノブイリ事故以前より、RBMK炉の設計開発責任者たちには知られていた。たとえば、1983年11〜12月に行われた、イグナリーナ1号炉とチェルノブイリ4号炉の試運転に際しては、チェルノブイリ事故を予見する次のような報告がされていた。「たとえば、タービンの一つを止めて出力を50%に低下させると、キセノン毒で反応度操作余裕は低下し、出力分布の歪も大きくなる。このとき緊急防護系が働くと、正の反応度が現れる。おそらく、詳細に解析すれば、別の危険な状況も判明するであろう。」

 設計開発の責任者たちは、こうした危険性を知りながらも、しかるべく運転員には通知しなかった。もしも運転員が、反応度操作余裕の低下が「ポジティブスクラム」の危険性をもたらすと知っていれば、チェルノブイリ事故は避けられたであろう。

 事故後の裁判で有罪になっていた、事故当時のチェルノブイリ発電所の副技師長ジャトロフが、刑期を早めに終えたのち、IAEAの事務局長に手紙を出すとともに、論文を発表している。その中で彼は、86年報告は偽りだらけであり、そうした報告をなぜIAEAが鵜呑みにできたのか理解できない、事故の原因は原子炉の構造的な欠陥であり、その責任はそれを知りながら対策を講じなかった人々にある、と訴えている。

 IAEAの専門家グループは結局、事故原因を見直し、運転員の規則違反よりも原子炉の構造欠陥が主な原因であったとする報告を発表した(INSAG-7、1992)。しかし、日本の原子力安全委員会がそのチェルノブイリ事故報告書を見直しているという話は聞いたことがない。

 


注1)スクラム信号が出た瞬間の制御棒の効き方は、その時の制御棒の位置によって左右される。一般的に最も効きがよいのは、制御棒が炉心の半分まで挿入されているときである。完全に引き抜かれていると、はじめは出力密度の小さい炉心周辺部に入るだけなので効きが悪い。運転中の制御棒全体の状態が、最も効きの良い位置にある制御棒の何本分に相当しているかを、「反応度操作余裕」という。

注2)原子炉が出力一定で運転されている場合、炉内の中性子の数は、核分裂により生まれる数と吸収したりされて失われる数とがバランスして一定である。この状態を「臨界」と呼び、その時の炉心の「反応度」はゼロである。反応度がプラスであれば出力は上昇し、マイナスであれば減少する。RBMK炉の冷却水は、燃料棒を冷却するとともに、炉心での中性子バランスにおいては中性子を吸収する役割を果たしている。加熱または減圧により炉心での蒸気(ボイド)量が増加すると、冷却材の密度が小さくなって中性子の吸収が減るため核分裂を促進し、反応度がプラスの方向に働く。この効果を「正のボイド反応度係数」とよんでいる。

注3)RBMK炉の制御棒には、中性子を吸収する制御棒本体(6.2m)の下に、中性子の利用効率を向上させるため、4.55mの黒鉛棒が吊り下げられている。制御棒を完全に引き抜くと、その黒鉛棒の下にさらに、1.25mの水の柱が制御棒チャンネル下部に出来る。黒鉛に比べ、水は中性子をよく吸収する。完全引き抜きの状態から制御棒を挿入すると、炉心下部では、水柱が黒鉛と置き替わり、正の反応度が入ることになる。この現象を「ポジティブスクラム」と呼んでいる。