本稿は、原子力資料情報室編「チェルノブイリ10年:大惨事がもたらしたもの」(1996年4月)に掲載された。チェルノブイリ事故によるセシウム汚染
今中哲二
チェルノブイリ原発事故で放出された放射能は北半球のほぼ全域に広がり、当然日本の空からもチェルノブイリの放射能が降ってきた。日本に住んでいる私たちもそれなりに事故の被曝者であると言えなくもないが、チェルノブイリ周辺の放射能汚染は圧倒的である。
チェルノブイリ事故の場合、短期的な汚染の主役は半減期が8日と比較的短いヨウ素 131であったが、長期的に最も問題となる放射能は、半減期が30年と長いセシウム137である。地表のセシウム137汚染は、そのガンマ線により人々に地面からの外部被曝をもたらすとともに、作物中に移行した場合は体内に取り込まれて内部被曝をもたらす。
セシウム汚染面積・住民数
「汚染地域」という言葉は、チェルノブイリ事故の場合、セシウム137の地表汚染密度が1平方km当り1キュリー以上のところをさして用いられることが多い。表1にロシア、ベラルーシ、ウクライナ3ヶ国のセシウム137による汚染地域の面積を示す。1平方km当り1キュリーとは、1平方m当りにすると1マイクロキュリー(=3万7000ベクレル)、1平方p当りにすると0.0001マイクロキュリー(=3.7ベクレル)である。日本の法令では、放射性物質を取り扱う施設においては、放射線管理区域というものを設定して人や物の出入りを管理することになっているが、その管理区域を設定すべき要件の一つが、1平方p当り4ベクレルを越える汚染の「恐れのある」場所とされている。
表1に示したように、チェルノブイリ周辺の1平方km当り1キュリー以上の汚染面積は、合計すると14.5万平方kmにもなる。この面積は日本の本州(22.7万平方km)の64%に相当している。つまり、本州の6割以上を越える面積が放射線管理区域とすべきような汚染を受けたことになる。ちなみに、チェルノブイリ事故によって日本に降ってきたセシウム 137の量は、平均で1平方km当り0.003キュリー程度であった。
表2は、汚染地域の住民の数である。約 600万の人々が汚染地域での生活を余儀なくされた。旧ソ連政府は当初、40キュリー以上の汚染地域の住民を移住させる方針をとっていたが、1990年7月、事故対策の強化を求めていたベラルーシ最高会議は、1平方km当り15キュリー以上のベラルーシ住民約11万人を移住させる決議を採択した。ソ連崩壊の約半年前の1991年5月、ソ連最高会議も結局、15キュリー以上の汚染地域住民全員を移住させる決定をした。15キュリー以上の汚染地域住民は3ヶ国合わせると約27万人にもなる。そのほか事故直後に原発周辺30km圏から強制的に避難させられた13.5万人を合わせると、約40万の人々がチェルノブイリ事故により自分の家に住めなくなった。といっても、ソ連崩壊後の経済的・社会的な混乱もあり、かなりの人がいまだに移住対象地域で暮らしているようだ。3ヶ国合わせた移住対象地域の面積約1万平方kmは、日本でいえば、福井県(4200平方q)、京都府(4600)、大阪府(1900)を合わせた面積にほぼ相当している。
表1 セシウム137汚染面積(単位:平方km)
セシウム137汚染レベル(キュリー/平方km)
1〜5 5〜15 15〜40 40以上 1以上合計
ロシア 4万8800 5720 2100 300 5万6920
ベラルーシ 2万9900 1万200 4200 2200 4万6500
ウクライナ 3万7200 3200 900 600 4万1900
3ヶ国合計 11万5900 1万9120 7200 3100 14万5320
イズラエリら、気象学と水理学、1994年、No.4より.
表2 汚染地域の住民数(1990年、単位:万人)
セシウム137汚染レベル(キュリー/平方km)
1〜5 5〜15 15〜40 40以上 1以上合計
ロシア 188.9 21.8 11.0 0.5 222.2
ベラルーシ 173.4 26.7 9.5 0.9 210.5
ウクライナ 133.5 20.4 3.0 1.9 158.8
3ヶ国合計 495.8 68.9 23.5 3.3 591.5
1990年ソ連ゴスプラン委員会報告の値を、その後のデータを基に今中が補正した.セシウム汚染地図
図1は、チェルノブイリ周辺のセシウム137汚染地図で、1平方km当り1キュリー以上の地域を示している。このような地図が公表され始めたのは事故から3年たった1989年春頃からである。原発周辺だけでなく、数100qも離れたところに飛び地のように汚染地域が広がっている。図2は、一昨年発表された、もっと広範な、旧ソ連ヨーロッパ地域全体の汚染地図で、1平方km当り0.1キュリー以上の汚染地域を示している。図2は広大すぎて私たちにはピンと来ないが、チェルノブイリから図の右上のエカテリンブルグ市までの距離2000kmは、九州南端から北海道北端までに相当し、0.1キュリー以上の汚染面積214万平方kmは、日本の面積(38万平方km)の5.6倍である。さらに図2で興味深いのは、右上のチェリャビンスク市の上にあるスポット状の汚染地域で、これは、1957年のいわゆるウラルの核惨事で生じたものであろう。また、左上のサンクトペテルブルグ市(旧レニングラード市)の隣にも1キュリーを越える小さなスポットが認められる。サンクトペテルブルグ市の南には、チェルノブイリと同型のRBMK型レニングラード原発があり、これまでにも何度か放射能放出事故があったことが知られている。確証はないが、そこのスポットはレニングラード原発によるものかも知れない。
図1 チェルノブイリ周辺のセシウム137汚染状況
放射能汚染食品測定室発行「チェルノブイリ原発事故による放射能汚染地図」より作成.
図2 旧ソ連ヨーロッパ地域におけるセシウム137汚染状況
出典は表1に同じ.