本稿は「原子力資料情報室通信」No.251(1995年4月)に掲載された。

<ミンスク・シンポジウムでの報告より>

チェルノブイリ「石棺」の核的・放射能的安全性

V.ベスコロバイニー他 (ベラルーシ・ラジオエコロジー問題研究所)


 チェルノブイリ原発4号炉を封じ込めてある「石棺」の現状とその危険性についての分析結果を報告する。

 核燃料の状況

 核的・放射能的安全性を考えるにあたって第一に重要なのは、核燃料の分布状態である。現在、石棺内に存在している核燃料は、次の3つに分類される。

・炉心の破損片

・微粒子

・溶岩状の塊

 炉心破損片は、事故時の爆発で破壊された炉心から放り出された燃料棒であり、主に原子炉の上の中央ホールに存在している。微粒子には、爆発時に燃料ペレットが粉々になってできたもの(直径数十ミクロン)と、黒鉛火災や燃料の酸化などの過程でできたもの(直径数ミクロン)がある。微粒子は4号炉建屋内の各区画に飛散して壁の表面を汚染し、空気中にエアロゾルとして浮遊する汚染源となっている。溶岩塊は、原子炉下部のピットで、燃料、砂、コンクリートが混ざって溶融し、溶岩のように流れ出したものが固まったものである。溶岩流は建屋下部の各区画に広がり、その先端は地下プールにまで達している(図1)。

 最近の調査によると、核燃料含有物質(FCM)の状態に次のような変化が認められている。

・微粒子FCMの直径の減少

・溶岩塊FCMの分解とその表面でのダストの出現

・溶岩塊FCM表面での、可溶性物質を含めた、新燃料化合物の出現

・FCMからの放射性物質の浸出

 溶岩塊FCMが核反応的に未臨界の状態にあるかどうかを確かめるため、石棺内部の調査結果を基に、各区画の溶岩塊の組成と形状をモデル化し、さまざまな条件下での中性子増倍係数を計算してみた。その結果、現状のような溶岩塊の分布では、それらが水没しても未臨界状態が保たれ、再臨界の恐れはないことが確認された。

 石棺の現状

 石棺は、崩壊した4号炉建屋の残存部を利用しながら、本来ならば必要な、溶接とかボルト止めが行われずに建設されており、その現状が健全な状態にあるとは言えない。石棺の構成部分で、構造的なダメージが目視で確認されているものは、

・原子炉上部の中央ホール西側壁の残存部

・気水分離ドラム区画の内部壁残存部

・主循環ポンプ区画の床と排気筒とのジョイント梁

などである。その他、隠れている部分で確認されていない損傷を受けているであろう。また、以下の構造物は、そのサポートが不十分で不安定な状態にある。

・石棺の屋根

・原子炉上部構造板(図1のE)

・燃料交換機用クレーン

・原子炉生体遮蔽(図1のL)

石棺全体では、合わせて1000平方m以上のクラックや隙間が認められ、また地下プールに800〜1000トンの放射能汚染水がたまっている。

 想定事故

石棺崩壊:上記のようなさまざまな構造物の崩壊を想定して、その影響を分析してみた。多くの場合その影響は局地的なものにとどまるが、最も大きな影響をもたらすのは石棺の屋根の崩壊である。屋根の崩壊により1000キュリー以上の長半減期放射能がダストとして放出され、風向きによってはベラルーシ南部に新たな汚染がもたらされる。さらに破局的なのは、石棺の崩壊と暴風が重なった場合である。確率は小さいものの、地震によって石棺が崩壊したところへ竜巻がおそってくる可能性もある。この場合、石棺内の全微粒子がダストとして吹き上げられると、100万キュリーを越える放射能放出となる。図2に、その場合の地表汚染の計算例を示したが、こうした事態の影響はベラルーシにとってまさに破局的である。ちなみに、敷地で想定される最大地震は震度7(日本と違って震度階は13段階)で、原発30km圏を暴風が襲う確率は年当り1.2×10−2とされている。

再臨界:溶岩塊は核的に安定しているが、問題は4号炉建屋に保管してあった新燃料である。クルチャトフ研の調査によると、9.6トンの新燃料集合体があったが、そのうち6.4トンが中央ホールに飛散している可能性がある。何らかの原因でそれらが物理的に集積し、雨などで水没すると、臨界に至る可能性がある。この場合、瞬時にTNT火薬0.3トン分のエネルギーが放出され、石棺の不安定な構造物が破壊されるであろう。

 以上のように、石棺は、1986年の事故に匹敵するほどの新たな影響をもたらす危険性を抱えており、現状のまま放置しておくことはできない。

    (要約 今中哲二)