本稿は「原子力資料情報室通信」No.252(1995年5月)に掲載された。<ミンスク・シンポジウムでの報告より>
チェルノブイリ30km圏から避難した小児と青少年における甲状腺の臨床・機能検査
M.カプリイェーワ、L.アスタホーワ(ベラルーシ放射線医学研究所)
チェルノブイリ原発事故によって放出された放射性ヨウ素は、周辺住民に対し大きな甲状腺被曝をもたらした。我々は、事故直後の1986年5月4日〜6日に、30km圏から避難した小児・青少年たち93人の甲状腺の検査を、1992−93年に実施した。うち66人については甲状腺の被曝線量が、直接測定を基に以下のように見積もられている。100ラド以下 7人
100-200ラド 9人
200-500ラド 23人
500-1000ラド 19人
1000ラド以上 8人
最低値は25ラド、最高値は1876ラドで、平均は507ラドであった。
比較のための対照グループを含め、甲状腺に関係する自覚障害は認めれらていない。なお、尿中排出安定ヨウ素量の検査によると、対照グループも含め、若干のヨウ素摂取不足が認められている。検査項目は、甲状腺の触診と超音波エコー、および血清中の甲状腺関連ホルモン濃度である。
触診・超音波エコー
触診の結果、正常と認められたのは、注目グループで14%、対照グループで53.6%であった。WHO分類でレベル1Aの風土病的甲状腺腫が、注目グループで68%、対照グループで35.7%に認められた。レベル1Bは、それぞれ16.1%と10.7%であった。注目グループの一人に甲状腺結節が見つかっている。
超音波エコーを用いて甲状腺の体積を計測した結果を表1に示す。注目グループでは、対照グループに比べ甲状腺体積が正常域にある子供の割合が少ない。平均甲状腺体積は、被曝線量が200ラドを越えると、対照グループより有意に小さくなっている。甲状腺発育不全は、注目グループに12件(事故時に0−3才で9件、4−7才で3件)認められ、対照グループには認められていない。
表1 超音波エコーによる甲状腺体積検査結果
線量 甲状腺体積 平均甲状腺
グループ 人数 体積(%*)
正常域 正常より大 正常より小
対照 56 40 16 - 117.26±3.85
100ラド以下 7 5 2 - 112.11±9.13
100-200ラド 9 2 6 1 120.40±7.55
200ー500ラド 23 14 9 - 104.42±1.56
500-1000ラド 19 9 4 6 107.64±4.23
1000ラド以上 8 2 1 5 89.61±4.56
*:甲状腺体積の年令標準値に対する比.
甲状腺ホルモン
表2は、血清中の甲状腺ホルモン等の検査結果平均値を、対照グループの平均値と比較したものである。T3(甲状腺ホルモン・トリヨードチロニン)とT4(甲状腺ホルモン・チロキシン)の濃度については、両グループでの違いは認められない。T4F(遊離チロキシン)は、注目グループの方が低く、TSH(甲状腺刺激ホルモン)は注目グループの方が高い。TG(チログロブリン)については、正常域(50ナノグラム/ml)を越える例が、注目グループでは12件あったが、対照グループでは3件であった。図1は、血清中甲状腺ホルモン濃度を甲状腺線量別に対照グループと比較したものである。T3とT4については、甲状腺線量にともなう有意な変動は認められないが、T4Fは被曝線量とともに減少し、TSHは被曝線量とともに増加する傾向が認められる。
以上の結果より、@子供たちの甲状腺の臨床的・機能的状態が甲状腺被曝線量と関連していること、A500ラド以上の被曝グループでは甲状腺機能低下症の恐れがあること、B30km圏から避難した子供たちの長期的な観察が必要なことが明らかである。
表2 血清中甲状腺ホルモン濃度検査結果
検査項目 対照グループ 注目グループ 有意差
T3、トリヨードチロニン(nmol/l) 1.89±0.07(55) 2.0 ±0.05(85)
T4、チロキシン(nmol/l) 129.90±3.50(56) 128.23±3.62(87)
T4F、遊離チロキシン(nmol/l) 16.23±0.37(35) 14.0 ±0.58(64) p<0.05
TSH、甲状腺刺激ホルモン(μU/l) 1.92±0.22(31) 2.78±0.09(78) p<0.01
TG、チログロブリン(ng/ml) 15.97±3.57(48) 29.24±2.20(79) p<0.01
TSG、(μg/l) 17.41±0.38(48) 25.19±0.91(84) p<0.01
注:()は検査人数.
図1 甲状腺被曝線量と血清中甲状腺ホルモン濃度(対照グループ=1)