本稿は「原子力資料情報室通信」No.254(1995年7月)に掲載された。

<ミンスク・シンポジウムでの報告より>

チェルノブイリ原発事故による土壌中放射能の物理・化学的性状とその移行性

     E.P.ペトリャーエフ他 (ベラルーシ国立大学)


 放射能汚染の生態系への影響を明らかにするためには、土壌中での放射能の挙動を解明する必要がある。大気中から土壌に沈着した放射能粒子は、年月の間に、水分や土壌中の様々な成分などの作用によって、徐々に物理的・化学的性状を変えたりしている。我々は、1987年より実験サイトを設定し、様々な土壌での放射能の分布状態や存在形態についての調査を継続している。ここでは、牧草地土壌でのセシウム137、ストロンチウム90、プルトニウム239,240、アメリシウム241の分析結果について紹介する。

土壌サンプル

 各実験サイトの特徴と1993年夏における汚染レベルを表1に示す。いずれの実験地も高汚染地域に存在し、サイト2、4、5はチェルノブイリ近傍(10-40km)、サイト10、11、23は遠方(200-250km)である。土壌サンプルは、事故後未攪乱の牧草地において、70-100cmの深さまで採取し、深さ10cmまでは1cmごとに、それ以上の深さでは5cmごとに放射能を分析した。セシウム137とストロンチウム90については、深さ0-5cmの表層にとどまっている割合を示してある。近傍と遠方を比べると、セシウム137の汚染レベルは余り変わらないが、その他の放射能汚染は近傍の方が圧倒的に大きい。これは、ストロンチウムやプルトニウムを含むホットパーティクル性の汚染が近傍では大きかったことを反映している。

 さらに、土壌中での放射能の移行性を調べるため、次のような溶液を順に用いて、深さ5cmまでの表層土壌からの放射能の浸出実験を行った。

@蒸留水

A1規定酢酸アンモニウム水溶液

B1規定塩酸水溶液

各浸出液中の濃度から、それぞれの放射能の水溶性、イオン交換性、酸浸出性成分の割合を求め、残りを固定化成分とした。表2は、それぞれの放射能の浸出性をまとめたものである。

 

表1 実験サイトの特徴と放射能汚染状況(1993年夏)


サイト               放射能汚染密度、キュリー/km

番号   土壌タイプ  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 

            セシウム137   ストロンチウム90  プルトニウム239,240 アメリシウム241


              <チェルノブイリ近傍:10-40km>

2 壌土・砂ローム     72 (88)    9.9 (70)    0.21    0.16

4 改良泥炭      18 (95)    3.5 (70)    0.04    0.03

5 壌土・ポドゾル砂   123 (98)   10  (36)    0.26    0.22

              <チェルノブイリ遠方:200-250km>

10 壌土・砂ローム     33 (77)    0.31(28)    0.002    0.001

11 改良泥炭      30 (70)    0.47(57)    0.002    0.002

23 壌土・ポドゾル砂   53 (99)    0.74(94)    0.003    0.003


注:()内は、表層5cmに含まれる割合、%.

 

表2 各放射能の浸出性の分布(%)


 浸出性成分     セシウム137   ストロンチウム90   プルトニウム239,240 アメリシウム241


 水溶性      <0.1〜0.9   <5      データなし    データなし

 イオン交換性    0.2〜11   18〜82     0.4〜3.5    2〜7

 酸浸出性      0.6〜14   10〜35     1.3〜41    24〜89

 固定性       79〜99   2〜60     56〜98     7〜69


・プルトニウムとアメリシウムの浸出実験方法は、セシウムとストロンチウムの場合と異なるが、両者を比較できるように今中が整理した.

・セシウムとストロンチウムは、全サイトのデータ.プルトニウムとアメリシウムは近傍3サイトのみのデータ(原論文では個別にデータが示してある).

 

セシウムとストロンチウム

 いずれのサイトにおいてもセシウム137の大部分(70-99%)は表層5cmに残っており、またその大部分(79-99%)は土壌に固定化された形態で存在している。固定化形態のセシウムは、土壌中鉱物と結合しているものと、ホットパーティクル内に存在しているものがある。チェルノブイリに近いほどホットパーティクルの割合が大きくなる。我々の別の研究から、ホットパーティクルが年月とともに徐々に壊れつつあることが明らかになっているが、1987-89年の結果に比べ、セシウム137の浸出性には変化は認められていない。つまり、壊れたホットパーティクルからのセシウム137の大部分は再び土壌鉱物によって固定化されていると考えられる。

 一方、ストロンチウム90は、表1から明らかなように、一般にセシウム137より地中への移行性が大きく、またサイトによる移行性の違いも顕著である。表2の結果は、ストロンチウム90のかなりの部分がイオン交換性の状態で存在していることを示しているが、イオン交換性のストロンチウム90は主に腐食土中の有機物と結合している。事故後初期には、チェルノブイリ原発からの距離によってストロンチウム90の浸出性の違いが認められたが、1993年にはその違いは顕著でなくなってきた。つまり、ストロンチウム90については、その浸出性に時間的な変化が認められる。ホットパーティクルの崩壊と関連して、チェルノブイリ近傍の表層土壌でのストロンチウム90の酸浸出性は、1987年に比べ2倍になっている。

 以上の結果は、ストロンチウム90の移行性が大きく、その生態系への影響が徐々に増加する傾向にあることを示している。

 

プルトニウムとアメリシウム

 アメリシウム241(半減期433年)は、プルトニウム241(半減期14年)が放射性崩壊してできるアルファ放射能であり、土壌中のアメリシウム241汚染レベルは、現在徐々に増加しつつある。プルトニウムからできるにもかかわらず、土壌中でのアメリシウムの様子は、表2から分かるように、プルトニウムとは異なっている。プルトニウムでは大部分が固定化されているのに比べ、アメリシウムでは、酸浸出性の割合が大きい。得られたデータは、アメリシウムの方が、ホットパーティクルから浸出しやすく、土壌に固定化されにくいことを示している。

          (要約 今中哲二)