本稿は「原子力資料情報室通信」No.255(1995年8月)に掲載された。

<ミンスク・シンポジウムでの報告より>

チェルノブイリ放射能による牧草汚染

B.I.ヤクシェフ、T.A.ブトケビッチ(ベラルーシ実験植物学研究所)


 ベラルーシ共和国の国土の30%は森であり、17%が草地・湿原である。つまり、国土の約半分が自然植物群落である。ベラルーシ科学アカデミー・実験植物学研究所は、チェルノブイリ原発事故の直後から、植物群落でのラジオエコロジー研究に着手した。当初はベラルーシの全域に観測ネットワークを設置したが、現在は規模を縮小し、ブレスト州南部、ゴメリ州南部、南東部、東部とモギリョフ州南部、すなわち放射能高汚染地域に観測ステーションを設置している。また、ベレジノ国立自然保護地区を含め、ミンスク州とヴィテプスク州の「クリーン」地域に比較対照としての観測ステーションを置いている。放射能の組成や存在形態の解明、植物種による取り込みの違い、水理や土壌条件の影響など、植物群落における放射能挙動の研究に取り組んできた。ここでは牧草種の放射能汚染について得られた結果を紹介する。

土壌中放射能

 事故直後の1986年には、チェルノブイリ事故で放出された様々な放射能によって土壌は汚染されていたが、短い半減期の放射能は減衰してしまい、現在の土壌汚染の主要な放射能はセシウム137(半減期30年)とストロンチウム90(29年)である。未耕地におけるセシウム137の垂直分布を調べると、事故後8年でも、その97%が土壌の表層0-5cmに存在しており、非常に移行性の小さいことが判明している。その理由は、1平方km当り100キュリーという高放射能汚染であっても、そこに含まれるセシウム137の物質量は、1平方m当りわずか千分の1mgであり、ポレーシエといった吸着力の低い土壌でも十分な移行バリアーになることである。また、我々の評価によると、地上植物は毎年、表層土壌中の1%の放射能を取り込んでいるが、不攪乱の植物群落では、そのまま土壌表面へ戻される。こうしたことも放射能の地中への移行を妨げている。

 不攪乱土壌におけるセシウム137の浄化半減期は24年であり、物理的半減期30年に比べ6年短いだけである。一方、耕作土壌においては、鍬込みや穀物収穫などの効果があるので、表面土壌でセシウム137の浄化半減期はもっと短くなるであろう。

 

牧草中放射能

 表1に、汚染レベルの異なる3ヶ所の観察ステーションでの牧草種中のガンマ線放射能濃度を示す。1988年のデルノビッチのデータでは、牧草中のガンマ線放射能のうち、76%はセシウム137、20%はセシウム134(半減期2年)、残りの4%がルテニウム106(1年)によるものであった。(注:ストロンチウム90はガンマ線を出さない。)従って、表1のガンマ線放射能のほとんどはセシウム137とセシウム134である。表1から明らかなように、1988年から1993年にかけて、牧草中の放射能濃度は大幅な減少を示している。これは、セシウムが土壌中鉱物に固定化されることによって、その移行性が次第に減少しているためである。一方、表2には、牧草中のストロンチウム90濃度を示す。注目されるのは、セシウムの場合とは反対に、ストロンチウム90濃度が時間とともに増加していることである。これは、土壌中のストロンチウム90の存在形態が、時間とともにより移行性の大きな形に変化していることを反映している。

表1 牧草中のガンマ線放射能濃度の変化

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                   放射能濃度(ベクレル/kg)

牧草種         ────────────────────────────

                1988年     1990年     1993年

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<デルノビッチ(プリピャチ川氾濫原)、土壌汚染レベル:66キュリー/平方km>

 ウシノケグサ          14000     4800      4400

 クサフジ           250000     48000      10000

シモツケソウ           70000     30000      4800

<サビッチ(湿原草地)、土壌汚染レベル:42キュリー/平方km>

 ヌマガヤ            14000     5900      1500

 ノコギリソウ         170000     78000      16000

 リシマチア           4400     4400       670

<スベチロビッチ(ベセド川氾濫原)、土壌汚染レベル:15キュリー/平方km>

 コメススキ          200000     11000      8500

 ヌカボ            130000     100000     19000

 キンポウゲ          670000     100000      1000

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表2 牧草中のストロンチウム90濃度の変化

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                放射能濃度(ベクレル/kg)

牧草種         ────────────────────────────

                  1988年         1992年

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<デルノビッチ(プリピャチ川氾濫原)、土壌汚染レベル:12キュリー/平方km>

 ウシノケグサ            2700         5200

キジムシロ              3500         8900

<バブチン(低地草地)、土壌汚染レベル:4キュリー/平方km>

 ウシノケグサ            740         7900

 キジムシロ             4100        17000

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 牧草中の放射能濃度に影響している条件の一つは、その年の降水量である。放射性物質は水とともに植物に取り込まれるので、生育期に雨が少ないと、牧草中の放射能濃度は低下する。1992年の降水量は例年の40%と少なく、牧草の放射能濃度も前年に比べ1.5から4分の1に低下した。しかし、降雨以外の水利が十分なところではそうした低下は認められず、むしろ乾燥にともなう蒸散量の増加により放射能濃度が増加する傾向を示している。また、土壌中の泥炭含有度も牧草中の放射能濃度に影響している。泥炭含有度の異なる土壌における牧草中の放射能濃度を比較すると、泥炭含有度が大きいと牧草への放射能蓄積を妨げる効果のあることが判明している。

 牧草種の群落を放置したままでは、それらは長期間にわたって人間や動物に対する放射線被曝源として存在するであろう。我々は、これまでの研究結果を基に、牧草地における放射能状況の予測を行うとともに、牧草中の放射能を低減させるための対策についての検討を続けている。   

 (要約 今中哲二)