本稿は「原子力資料情報室通信」No.256(1995年9月)に掲載された。

<ミンスク・シンポジウムでの報告より>

植物群落の細胞遺伝学的・形態学的変化に関するモニタリング

S.A.ドミトリエバ (ベラルーシ実験植物学研究所)


 チェルノブイリ原発事故に関連して、自然植物相への放射能汚染の影響が心配されている。我々は、チェルノブイリ原発周辺30km圏内の高放射能汚染地域において自然植物群落での放射線影響を調査している。調査の内容は、細胞遺伝学的変化、つまり根の分裂細胞における染色体異常と、外観における形態的な異常である。ここでは、1986年から90年にかけての調査結果を報告する。

細胞遺伝学的調査

 30km圏内に自生する植物の種を採取し、人為的に発芽させながら、発芽過程を薬液で固定し、根の分裂細胞での染色体異常を観察した。放射能汚染レベルは、1986年7月段階で、0.1〜20ミリレントゲン/時(土壌汚染密度8〜650キュリー/平方km)であった。対照として、クリーンな地域で同じ種類の種を採取し、同様に染色体異常を調べた。図1に、8種類の草についての観察結果を示す。バックグラウンド値、つまり対照グループの染色体異常頻度は種類によって大きく異なるが、いずれの種類においても、30km圏での染色体異常頻度の増加が認められ、放射能汚染の影響を示している。

 興味深いのは、多くの種類で、事故が起きた1986年よりも1987年の値の方が大きな染色体異常を示していることである。ガンマ線量率では、1987年7月は1986年7月の2〜7分の1になっているにもかかわらずである。87年での増加の理由はいくつか考えられるが、放射能の植物への取り込みが増加したこと、遺伝的損傷により修復機能が減退したことなどが関係しているであろう。その後、90年にかけては、30km圏の染色体異常は徐々に減少し、多くの種類で対照グループとの有為な差が認められなくなった。これは、短半減期の放射能の減衰にともない線量率が減少したことによるものであろう。

 放射線に対する感受性は種類によって大きく異なっている。たとえば、おおばこは、他の種類に比べ放射線抵抗性を示している。おおばこの植生地の典型は、自動車の排ガスにさらされる道路わきである。化学物質に対する抵抗メカニズムが放射線に対しても共通していると思われる。一方、サクシサは、非常に大きな放射線感受性を示しているが、他の人為的汚染に対しても感受性が大きい。このことは、環境汚染の指標植物としてサクシサが有効である可能性を示している。

 

形態学的調査

 茎の歪みや塊状化、葉の異形や縮み、花序の異形、全体の縮小や巨大化など、さまざまな形態学的変化が、30km圏の植物群落で認められている。図2には、へらおおばこの穂、やなぎたんぽぽの茎頂、ガリュームの花柄、ほそばうんらんの茎の形態異常を示す。形態異常は、多年草に多く認められている。多年草の感受性が大きいのは再生組織の被曝が継続するためであろう。また、単性生殖種も大きな放射線感受性を示している。

 一般に、植物群落の主要な構成種よりも、マイナーな構成種において形態的異常が多い。つまり、生育力の弱い種類は放射線に対しても弱く、その結果、そうした種類は、次第に個体数が減少し、群落から消滅して行くであろう。

 これまでに得られたデータは予備的な結果であるが、チェルノブイリ原発事故が植物相にもたらしている基本的な方向を明らかにしている。はじめの数年に観察された放射線影響は徐々に沈静化しつつあるが、放射能汚染下における突然変異や群落の変化について、今後も放射能生態学的な観察を継続する必要がある。

     (要約 今中哲二)