本稿は「原子力資料情報室通信」No.258(1995年11月)に掲載された。

<ミンスクシンポジウムでの報告より>

チェルノブイリ事故による内部被曝と防護対策の有効性

Y.ケーニグスベルグ、E.ブグロワ(ベラルーシ保健省・放射線医学研究所)

 


 チェルノブイリ事故後ベラルーシ共和国では、放射線被曝から住民を守るため様々な対策がとられてきた。それらの防護対策は、介入レベルの設定、防護の最適化、線量限度の導入といった国際放射線防護委員会(ICRP)の原則に基づき、それぞれ短期的、中期的、長期的観点から策定されてきた。

ヨウ素被曝

 事故直後の短期的対策は、まず第1に、放射線被曝にともなう急性的障害を防ぐという観点から、原発周辺住民の避難が実施された。5ミリレントゲン/時の空間線量率が避難の基準とされ、ベラルーシでは2万4600人が事故直後に避難した。事故直後の内部被曝で重要なのは放射性ヨウ素の取り込みによる甲状腺被曝である。甲状腺被曝を低減するするため、安定ヨウ素剤を住民にすみやかに投与する必要があったが、実施時期が遅れたためヨウ素剤投与の効果は小さかった。また、牛乳や葉菜の摂取制限も遅れたため、大きな甲状腺被曝を住民にもたらすことになり、最近になって甲状腺ガンの増加が現われてきた。高汚染地域であるホイニキ地区の子供(14才以下1万1100人)の平均甲状腺被曝線量は110レムで、ナローブリャ地区(同6200人)では70レムと推定されている。1990〜93年の4年間に、それぞれの地区から11件と7件の小児甲状腺ガンが観察された。表1は、ベラルーシ国民の年齢別の甲状腺被曝線量の分布である。

 

表1 ベラルーシ国民の年齢別の甲状腺被曝線量分布(%)


 線量範囲                年齢


 (レム)   0-6ヶ月 6ヶ月-2才 2-7才  7-12才  12-17才   大人


  0- 30    39.3   43.9    57.0   60.8   59.8   72.8

  30- 100    28.2   26.7    25.7   26.9   27.6   20.1

 100- 200    13.4   12.3    8.8    7.5    7.7    4.7

 200- 500    13.8   11.2    6.3    4.1    4.3    2.1

 500-1000     3.0    4.4    1.7    0.5    0.5    0.2

1000-1500     1.5    0.8    0.3    0.1    0.08   0.02

1500以上     0.8    0.6    0.2    0.02   0.01   0.01


 注:それぞれの年齢グループ内の線量分布が、線量範囲別に%で表してある。

 

セシウム被曝

 中・長期的な防護対策として、住民の移住、地表の除染、食品汚染基準値の導入、クリーン飼料の提供などが行われてきた。住民移住の基準は、地表汚染密度が、セシウム137で 40キュリー/km2、ストロンチウム90で3キュリー/km2、プルトニウムで0.1キュリー/km2である。外部被曝線量は、1986年から1994年の間に大きく減少した。1993年の個人外部線量測定データによると、10キュリー/km2以上の汚染地域の集落での平均外部被曝線量は、年間100ミリレムをわずかに上回る程度であった。

 現在、低汚染地域では、外部被曝に比べ内部被曝の方が大きい。内部被曝で最も問題になるのは、食品汚染にともなう放射性セシウムの取り込みである。呼吸にともなう放射能の取り込みは、ホコリや煙に関係する職業の人々を除けば、問題とはならない。食品からのセシウム摂取量は、食事の内容、土から作物への移行係数、防護対策の程度に依存する。ベラルーシ南部のポレーシエ土壌では、セシウムの移行係数が通常の土壌に比べ、1.5〜 15倍大きいことが知られている。

 一般的なベラルーシ人の主要な食品は、牛乳、乳製品、肉、ポテト、パン、野菜、果物である。このうち最も注目しなければならないのは、牛乳、乳製品の汚染である。事故後の全期間を通じて、牛乳、乳製品から人々が摂取する放射能量を引き下げるため、クリーンな飼料の提供、基準値の強化、測定チェック体制の強化が行われてきた。その結果、1993年度では、公営農場において基準値(今中注:現在の牛乳基準値は185ベクレル/リットル)を越える牛乳の量は0.58%にまで減少した。一方、個人農場の場合、自然の飼料や放牧が多く、基準値を越える牛乳の割合は9.9%であった。肉製品の場合、基準値(592ベクレル/kg)を越えた割合は、公営農場で0.04%であるのに対し、個人農場では12.9%であった。

 表2には、セシウム137による最近の食品汚染データとそれらの食品からの日々のセシウム摂取量を、都市部と農村部に分けて示す。農村部の食品汚染は都市部に比べ2〜4倍大きく、農村部では防護対策の有効性が低くなっていることを示している。最も大きな内部被曝源は、都市部では肉であるのに対し、農村部では牛乳、乳製品である。また、表2には含まれていないが、キノコやイチゴは、摂取重量は少ないものの放射能汚染が非常に大きく注目すべき食品である。農村部で森からキノコやイチゴを採取している人々の場合、セシウム摂取量は、表2に示した値に比べ2倍程度大きくなっている。汚染された森からのキノコやイチゴの採取は、事故直後に禁止措置がとられたが、最近では禁止措置の実質的な効果はなくなって来ている。1991〜93年の測定データによると、農村部の人々のセシウム137体内蓄積量には増加の傾向が認められている。防護措置への人々の無関心化がそうした増加の主な原因であろう。

 

表2 最近の食品中セシウム137汚染と摂取量


              都市部              農村部


  食品名     セシウム濃度   摂取量       セシウム濃度   摂取量    

         (ベクレル/kg)(ベクレル/日)(%)   (ベクレル/kg)(ベクレル/日)(%)


  パン      1.5     0.7   1.7    1.8     0.95   0.9

  牛乳、乳製品  21      9.9   23.7    82     57.4   53.5

  肉       40     14.9   35.7    59.5    15.45  14.4

  ポテト     16      9.9   23.7    36     25.9   24.1

  野菜、果物   17      6.3   15.2    29      7.55   7.0


  合計            41.7  100          107.3  100


 ベラルーシにおける防護対策には個別的にはいろいろな問題があったが、全体的には有効なものであり、住民の被曝線量を低減させるのに貢献した。現在ベラルーシ共和国において内部被曝線量が年間100ミリレムを越える居住区は、5キュリー/km2を越える汚染地域で201地点、1〜5キュリー/km2の汚染地域で66地点である。

           (要約 今中哲二)