クレヨンハウス刊『月刊クーヨン』(2000年9月号)
事故から14年の現地を訪ねて
チェルノブイリレポート
渡辺 美紀子

科学的な証拠はない!?
消されていく悲しみ

 わたしはこの3月末、1986年4月の事故から14年が経過しようとしているウクライナ共和国(旧ソ連)チェルノブイリ原発の30キロ圏内(居住禁止区域)に入りました。

 シラカバの木立ちが陽光のなかでそよぎ、沿道に果てしなく続く草原が光っています。
「小麦、ライ麦、ジャガイモ、ニンジン、リンゴ、大地からの贈りもののキノコ........。農民たちはとても豊かでした」
と案内役のリーナさん。大地からの恵み豊かだった村々、若い活気に満ちていた原発労働者の街プリピャチなど、すべてが廃墟と化した様子は、想像を絶していました。

 なかでも特に、原発から南へ約25キロのラッソハ村にある廃棄物置き場の光景には衝撃を受けました。アフガン侵攻にも使われた大型の軍用ヘリコプター、この地では汚染された表土を取り除くブルドーザーとして使用された装甲車・戦車、消防車、トラック、避難に使われた大型バスなどおよそ2000台が放置されているのです。
 事故処理に使われ、汚染が強いためどうすることもできず、風や雨にさらされたまま打ち捨てられている、まさにT墓場Uです。これらを動かしたさまざまな役割を担ったひとびとが目に浮かび、「事故処理作業者86万人中5万5000人以上が死亡」といった数字が実感として迫ってきます。

 汚染地には現在も650万人が住み、汚染された食品を食べることを余儀なくされ、慢性的に被曝をし続けています。原発から250キロ以上離れた地点にも汚染による立ち入り制限の地域があります。また、自然発火による森林火災や、汚染地に住み続けるひとたちの失火による住宅火災が年間200件くらい発生するのですが、消火にあたる消防士が樹木や家屋、大地に付着していた放射性物質を大量に吸い込んでしまうという深刻な「二次被曝」の問題も起きています。

 原発の北側に位置するベラルーシ共和国では、子どもの甲状腺ガンの発生が、事故前の約100倍にもなっています。小児甲状腺ガン発生のピークは過ぎましたが、事故当時の子どもたちが青年・大人となり、甲状腺ガンは大人では依然として増え続けています。また、汚染地全体に肺ガン、乳ガン、腎ガン、膀胱ガンなども増え、ガンだけではなく造血器官、消化器系、内分泌系、免疫系、呼吸器系などさまざまな病気に多くの人々が苦しんでいることが伝えられています。

 一方で、放射線影響に関する国連科学委員会は「甲状腺ガン患者の増加を別にすれば、チェルノブイリ事故による放射線の長期的な健康影響を裏付ける科学的な証拠はない」と断言する報告書を公表しました。原子力開発を推進しようというIAEA(国際原子力機関)をはじめとする国際原子力共同体は、事故発生以来一貫して「チェルノブイリ事故は史上最悪の事故だったが、周辺のひとびとへの影響はたいしたことなかった」ということにしようとしています。「科学的にはまだ明らかではない」という言い方が、いつも事実を隠す方便に使われるのです。

 被災地で、健康障害に苦しんでいるひとびとに接している医師たちが、先にあげた甲状腺ガン以外の病気の増加を指摘しても、チェルノブイリ事故の影響ではないと無視されてしまうのです。チェルノブイリ事故の被害の大きさを知れば知るほど、「科学的に解明できる」ことは、実態のほんの一側面にすぎないことがわかってきます。個人の生活が根こそぎ崩壊され、地域社会が消滅してしまった状況でのひとびとの苦しみや悲しみを考えると、事故の被害全体はとうてい測りようがありません。

 広島・長崎に原爆が投下されてから50年以上経過しましたが、被爆したひとたちは、いまなお新たに発生し続けている障害に苦しんでいます。これまで、ウラン採掘、核兵器製造、核実験、原発とさまざまな現場で被曝した人たちは、苦しみの中から真実を訴えてきました。それに対して、支配的な立場にある科学者や医師たちの多くは、非常に楽観的で、被害者の声を真剣に受けとめてこなかったのです。

 放射能汚染の影響は長く続きます。汚染地で出会ったひとびとは「わたしたちのことは忘れないで!」と訴えているように思いました。わたしたちは、被災者からの訴えをしっかり受けとめ、これから先もチェルノブイリの影響をしっかり見続けなくてはなりません。(高木学校・渡辺美紀子)
 

きょうからできること
・日本の原発についてもっと関心を持ちましょう。チェルノブイリ事故が起きた1986年当時、日本の原発は33基(合計出力2500万kW)でした。それから14年を経た現在、52基(4500万kW)まで増えています。
 世界のどこの原発であろうと、それが抱えている基本的な危険性は同じです。わたしたちの社会がエネルギー源として原子力に頼っているかぎり、チェルノブイリのような事故が再び起きることを覚悟しておかなければなりません。
 わたしたち市民にとって大事なのは万一の事故に備えることです。日本の原発で事故が起こったらどんなことになるのか、なるべく具体的に考えてみましょう。