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チェルノブイリ原発事故によるベラルーシでの遺伝的影響

 

ゲンナジー・ラズューク,佐藤幸男,ドミトリ・ニコラエフ,

イリーナ・ノビコワ

ベラルーシ遺伝疾患研究所(ベラルーシ),*広島文化女子短期大学

 


 

チェルノブイリ原発事故で放出された放射能により,ベラルーシ,ロシア,ウクライナの数多くの住民が被曝し,その影響が遺伝的な損傷,とりわけ染色体の異常として現れていることは多くの研究結果によって示されている1,4,6.染色体異常の増加は,不安定型と安定型,また染色体型と染色分体型といった,いずれのタイプの異常にも認められている4,7,8.(放射線被曝に特徴的な)2動原体ならびに環状染色体といった異常とともに,化学的変異原にも共通するその他の染色体異常の増加が認められていること6,9,また実際に観察された染色体異常の頻度が被曝量推定値から計算されるものより大きいこと4,5が明らかとなっている.これらの事実は,チェルノブイリ事故被災者に認められる染色体異常は,被曝の影響に加えて他のいろいろな変異原によって引き起こされているか,または,物理的な手法に基づく被曝量が過小に評価されている可能性を示している.

染色体異常の観察結果が,生体に対する変異影響を測るための生物学的尺度として有効であることは言うまでもない.しかしながら,染色体に基づく方法によっては,通常の末梢血リンパ球の観察ではもちろん,たとえ性細胞の異常を観察したとしても,実際の遺伝的な影響を検出することは困難である.自然流産率,周産期死亡率といった遺伝的損傷の経年変化,先天性障害児発生率の経年変化といった研究が,放射線の影響を含め,遺伝的変異原の影響を調べるもっとも確かな方法である.このことは,遺伝子の変異から先天性障害をもつ子どもの誕生までの間には,(遺伝子の選別,着床前や胎児期での死亡といった)数多くの事象がつながっているという事実と関連している.そうした事象を直接観察することはほとんど不可能であり,そのことがさまざまな不確定性をもたらしている.最終的な結果を直接観察する方法のみが,それなりの欠点はあったとしても,遺伝的損傷に関する実際の情報を示すことができる.本報告では,合法的流産胎児の形成障害と,新生児・胎児における先天性障害の観察を基に,チェルノブイリ原発事故がベラルーシの住民にもたらした遺伝的障害の大きさを明らかにする.

合法的流産胎児の形成障害

われわれは,放射能汚染管理地域とミンスク市(対照グループ)における,合法的流産胎児の形成障害頻度の観察を行なっている.汚染管理地域とは,ゴメリ州とモギリョフ州のセシウム137による汚染が15Ci/km2以上の地域である.ベラルーシ先天性疾患研究所では,胎齢5週から12週の間に掻爬された胎児を調べている.検査は,ステレオ顕微鏡下で胎児を解剖しながら行なわれ,必要であれば,病理標本を作成する.すべての胎児の胎齢は,カーネギー研究所方式で決定されている.掻爬にともなっていくつかの臓器が検査不能になることもあるので,形成障害の頻度は,検査された胎児数ではなく,検査された臓器数に基づいて決定される.また,胎児の形成過程を考えると,いくつかの障害はある胎齢以降にしか観察されないので,そうした障害の頻度は,その胎齢に達した胎児のみを考慮する.検査で発見した形成異常はすべて記録している.これまでに,33376例の胎児を検査し,その中には(1986年後期以降の)汚染管理地域の2701例が含まれている.

検査結果の一部を表1に示す.汚染管理地域での形成障害の頻度を,チェルノブイリ事故前6年間および以降11年間のミンスク市と比べると,汚染管理地域の値はミンスク市のどちらの値よりもかなり大きい.また,汚染管理地域において,1986年から1995年の平均値(7.21%)に比べ,1992年に大きな値(9.87%)があったことを指摘しておく3

中枢神経系異常や(多指症や肋骨縮体といった)新たな突然変異の寄与が大きい障害など,放射線被曝に特徴的と考えられている部位において有意な増加が認められているわけではない.しかしながら,それらの増加傾向はかなりはっきりしたもので,とりわけ肋骨縮体において認められる.

表1 人工流産胎児の形成障害頻度

 

調査地区

ミンスク市

放射能管理地域

1980-1985

1986-1996

1986-1995

観察胎児数

10,168

20,507

2,701

形成障害頻度 (%)

5.60

4.90

7.21*

うちわけ:      
中枢神経系異常

0.32

0.53

0.54

多指症

0.63

0.53

0.79

四肢欠損

0.07

0.10

0.28

新生児の先天性障害

ベラルーシ共和国では,新生児の先天性障害に関する国家規模でのモニタリングプログラムが1979年から行なわれている.医療施設のランクにかかわらず,すべての医療施設において周産期児(分娩前後の胎児・新生児)の先天性障害が診断・登録されている.それぞれの症例については,診断にあたった医師が登録用紙に記入し,その用紙がミンスクの遺伝センターに送られる.先天性疾患研究所のスタッフが,定期的な地域巡回か,センターにおける家族面談の際に,記載のチェックを行なっている.新生児,および胎児診断後に人工流産された胎児に観察された障害は,無脳症,重度脊椎披裂,口唇・口蓋裂,多指症,重度四肢欠損,食道閉塞,肛門閉塞,ダウン症,および複合障害に分類されて登録される.セシウム137の汚染レベル別の結果を表2に示す.セシウム137の汚染レベルが1Ci/km2以下の30地区を対照グループに選んである.

表2 ベラルーシの国家モニタリングにおける先天性障害頻度(1982〜1995)

(上段:新生児1000人当り頻度,下段:観察数)

障害の分類

セシウム137汚染地域

対照地域

(30地区)

15 Ci/km2以上

(17地区)

1 Ci/km2以上

(54地区)

1982-1985

1987-1995

1982-1985

1987-1995

1982-1985

1987-1995

無脳症

0.28

11

0.44

26

0.24

48

0.64*

226

0.35

23

0.49

63

脊椎披裂

0.58

23

0.89

53

0.67

132

0.95*

335

0.64

42

0.94*

120

唇口蓋裂

0.63

25

0.94

56

0.70

137

0.92*

324

0.50

33

0.95*

121

多指症

0.10

4

1.02*

61

0.30

60

0.66*

232

0.26

17

0.52*

66

四肢欠損

0.15

6

0.49*

29

0.18

36

0.35*

123

0.20

13

0.20

26

食道閉塞

0.08

3

0.08

5

0.12

23

0.15

53

0.11

7

0.14

18

肛門閉塞

0.05

2

0.08

5

0.08

16

0.10

35

0.03

2

0.06

8

ダウン症

0.91

36

0.84

50

0.86

170

1.03

362

0.63

41

0.92*

117

複合障害

1.04

41

2.30*

137

1.41

277

2.09*

733

1.18

77

1.61*

205

合計

3.87

151

7.07*

422

4.57

899

6.90*

2423

3.90

255

5.84*

744

事故後の頻度増加(%)

83

51

50

*:1982-1985年と1987-1995年を比べると有意に増加 (p - 0.05).

 

セシウム汚染地域と対照地域とも,チェルノブイリ事故後に先天性障害頻度が増加していることは明らかである.また,セシウム汚染レベルが大きくなるほど,頻度の増加が大きくなっている.対照地域では50%の増加であるのに対し,15Ci/km2以上の地域は83%の増加である.対照地域における頻度増加が放射線被曝によるものではないことは確かであろう.一方,汚染地域では,対照地域を越える増加が,54地区では1%(5150),17地区での33%(8350)と汚染レベルに応じて認められている.

こうした増加をもたらす原因として考えられるのは以下の4つである.

  1. チェルノブイリ事故後の先天性障害の増加は,真の増加ではなく,単に見せかけのものと考えられる.つまり,登録がより完全になったこと,言い換えると,被災地域における問題への関心が増加した結果である.
  2. 放射能汚染による胎内被曝にともなう胎児への直接的な被曝影響.
  3. どちらかの親の生殖線被曝にともなう突然変異による遺伝的影響.
  4. チェルノブイリ事故を含めたネガティブな要因(放射線のほか,化学汚染,栄養悪化,アルコールなど)の複合的影響.

最初の見せかけ説は,ベラルーシにおける国家モニタリングを基に,以下の理由で否定されよう.第1に,厳密に診断された先天性障害のみを考慮していること,第2に,先天性疾患研究所のスタッフによって診断の正確さは常にチェックされてきたこと,第3に,チェルノブイリ事故前はさまざまな地区においてほぼ同じ頻度であったこと,最後に,先天性障害頻度と汚染レベルに相関性が認められることである.

胎内被曝原因説も,放射線感受性の大きい胎児期での胎児の被曝量がしきい値以下であったことを考えると否定される.先天性障害児の母親のうち,チェルノブイリ事故がおきてから妊娠第1トリメスター(妊娠期間を3つに分けた最初の時期)の終わりまでに55ミリシーベルト以上の被曝を受けたものはいない.放射線被曝に最も特徴的な先天性障害である,中枢神経系欠陥の形成時期は,第1トリメスターに含まれている.国家モニタリングの調査結果(表1と表2)は,中枢神経系障害の有意な増加を示していない.

ベラルーシにおいて先天性障害の増加をもたらしている原因として最も考えられることは,慢性的な被曝またはネガティブ要因の複合的な影響による,突然変異レベルの増加である.以下の事実も間接的にこれを示している.

  1. チェルノブイリ事故で被曝したベラルーシ,ウクライナ,ロシアの人々の末梢血白血球において突然変異レベルが増加している2,5,8
  2. 15Ci/km2以上の汚染地域での増加が大きく,なかでも,新しい突然変異が大きく寄与する障害(多指症,四肢欠損,複合障害)が増加している.ただし,新しい突然変異のうち,ダウン症といったトリソミーの増加は認められていない.

先天性障害の増加とチェルノブイリ事故による被曝との関係を調べるため,ゴメリ州とモギリョフ州における(大きな都市は除いた)データを,放射能汚染については安全と考えられるビテプスク州のデータを対照としながら解析してみた.被曝量は,放射線医学研究所のデータで,18歳以上の住民について,事故発生以来の外部被曝と内部被曝を合わせた平均被曝量である.

解析結果を表3に示す.対照地域に比べ,汚染地域での先天性障害頻度の増加1%当りの平均被曝量は,モギリョフ州では0.20ミリシーベルト,ゴメリ州では0.31ミリシーベルトである.これらの値を,放射線被曝による遺伝的影響の倍加線量に換算すると0.020.03シーベルトとなり,国際放射線防護委員会(ICRP)や国連放射線影響科学委員会(UNSCEAR)が採用している倍加線量値の1シーベルトに比べ極めて小さな値となる.この結果は,放射線被曝にともなう遺伝的影響が従来考えられてきたより大きいものであるか,または,解析に用いた被曝量の値が実際の被曝よりかなり小さく評価されていることを示唆している.

表3 先天性障害頻度と平均被曝量の比較(農村地区,18歳以上)

地域

新生児1000人当り

先天性障害頻度

チェルノブイリ事故

による平均被曝量

(ミリシーベルト)

障害頻度増加1%

当りの平均被曝量

(ミリシーベルト/%)

1982-85

1987-95

1986-94

ゴメリ州

4.06 0.39

7.45 0.24

13.40

0.31

事故後の増加: 83 %

モギリョフ州

3.50 0.53

6.41 0.30

8.82

0.20

事故後の増加: 83 %

ビテプスク州

3.60 0.63

5.04 0.27

0.24

-

事故後の増加: 40 %

 

まとめ

われわれの調査結果は,ベラルーシの住民において胎児異常の頻度が増加していることを示している.それらは,人工流産胎児の形成障害および新生児の先天性障害として現われている.そうした増加の原因はまだ断定されていない.しかしながら,胎児障害の頻度と,放射能汚染レベルや平均被曝量との間に認められる相関性,ならびに新たな突然変異が寄与する先天性障害の増加といったことは,先天性障害頻度の経年変化において,放射線被曝が何らかの影響を与えていることを示している.

 

文献

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