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本稿は、「軍縮問題資料」1999年5月号(No.223)に掲載されたものである。

 原発事故による放射能災害 

…40年前の被害試算…

今中 哲二


 原子炉立地審査指針と原子力損害賠償法

 日本で原子力発電所を建設するにあたっては、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(1957年制定)に基づき、国の安全審査を受けて設置許可を得なければならない。その安全審査では、数々の指針等に基づいて安全性のチェックが行なわれるが、もっとも重要な指針のひとつが「原子炉立地審査指針」(1964年原子力委員会決定)である。立地審査指針には、その基本的目標として、

「a.敷地周辺の事象、原子炉の特性、安全防護施設等を考慮し、技術的見地からみて、最悪の場合には起るかもしれないと考えられる事故(以下「重大事故」)の発生を仮定しても、周辺の公衆に放射線障害を与えないこと。

b.更に、重大事故を越えるような技術的見地から起るとは考えられない事故(以下「仮想事故」)(例えば、重大事故を想定する際には効果を期待した安全防護施設のうちのいくつかが動作しないと仮想し、それに相当する放射性物質の放散を仮想するもの)の発生を仮想しても、周辺の公衆に著しい放射能災害を与えないこと」

と定められている。日本では現在52基の原発が運転中であるが、それらの原発はすべて立地審査指針をみたしていることになっている。すなわち、素直に解釈すれば、日本の原発は、起るとは考えられないような事故があったとしても周辺公衆にさしたる被害はもたらさないと国が保証しているのである。

 一方、世間にはあまり知られていないが、「原子力損害の賠償に関する法律」という法律(1961年制定、以下「原賠法」)がある。この法律の目的は、「原子炉の運転等により原子力損害が生じた場合における損害賠償に関する基本的制度を定め、もって被害者の保護を図り、及び原子力事業の健全な発達に資すること」である。原賠法第6条では、原子力事業者は、原子力損害を賠償するための措置(以下「損害賠償措置」)を講じていなければ原子炉の運転をしてはならない、と定められ、第7条で、損害賠償措置とは、1事業所当り3百億円(法制定当初は50億円)を損害賠償に充てることができる責任保険契約の締結であると定めている。さらに、第十六条では、政府は、原子力損害が賠償措置額をこえた場合には、原子力事業者に対し、損害を賠償するための必要な援助を行なうものとする、と定められている。つまり、原発を運転する電力会社は、事故に伴う損害賠償のため300億円の保険に加入し、事故の規模がそれを越える場合には政府が面倒をみる、という法律である。

 常識的な判断に従えば、立地審査指針を満足するならどんな事態があろうと大した被害には至らないのであるから、1企業の賠償責任を政府が補てんするといった、原賠法のような特別な法律はもともと不要のはずである。

 「どんな事態が起きても原発は安全である」というのはもともとタテマエであって、「万が一の場合には、とんでもないような被害をもたらすような事故が起きるかもしれない」というのが、日本で原子力発電を推し進めようとした人々のホンネだったことを本稿で示しておく。

原発事故の被害試算

 日本で最初の本格的な原発は、英国から導入し、1966年に運転を開始した日本原子力発電鰍フ東海原発(電気出力16・6万kW、熱出力58・7万kW、1998年3月運転終了)である。東海原発の導入にあたって英国側は、「原子炉で事故が起こった場合には、英国政府は一切責任をもたない」、「原子力発電はまだ危険がともなう段階なることを再認識されたく…」と申し入れてきたという(1)。そこで東海原発で事故が起きた場合の損害賠償とその保険制度をどうするかが問題になった。

 当時、原子力発電を同じく積極的に進めようとしていた米国では、米国原子力委員会の委託を受けて、ブルックヘブン研究所が原発事故の災害規模を推定する研究を行なっていた。WASH740と呼ばれるその研究報告の試算結果は1957年に発表され、最悪の原発事故の場合には、急性死者3400人、急性障害者4万3000人、要観察者380万人、永久立退き面積2000平方q、農業制限等面積39万平方qといった数字がならんでいた。被害の大きさに驚いた米国議会は、事業者のリスクを軽減し原子力発電を推進するため、原発事業者の賠償責任を一定額で打ち切るプライス・アンダーソン法を制定したのであった。

 米国にならい日本でも、プライス・アンダーソン法に相当する原賠法を制定することになった。そのためには、日本の原発で事故が起きた際にどれくらいの被害が出るのかを見積もっておく必要がある。科学技術庁の委託を受け、日本原子力産業会議がWASH740を手本に原発事故規模の試算を実施した。1960年に「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害に関する試算」と題する全文244ページの報告書(以下、原産報告)ができあがった。試算結果はあまりにも大きな被害を示していたため、当時原賠法の審議を行なっていた国会には一部が報告されたのみで、全体はマル秘扱いとされた。

 原産報告の概要が一般に明らかにされたのは1973年であった(2)。そのしばらく後、筆者の手元にも表紙に「持出厳禁」と書かれた原産報告のコピーが回ってきた。原産報告で用いられている事故被害評価の方法をかいつまんで紹介しておこう。

A 対象原発と周辺状況 東海原発に対応するよう熱出力50万kWの原発が想定され、周辺の人口密度は1平方q当り300人、20q離れたところに人口10万人の中都市(水戸)、120qのところに人口600万人の大都市と、ほぼ同人口の周辺層(東京および周辺都市)が想定されている。

B 放射能放出パターン どれだけの放射能が、どのような組成で、どのような物理的化学的性状で放出されるかという想定である。当時はもちろん現在でも実際の事故がどのように進行するかの知識は限られており、そこでパラメータの値をいろいろ選んで幅を持たせた評価をすることになる。

<放射能放出量>炉心内蔵量の0・02%が放出された場合と2%が放出された場合。放射能量にすると、原子炉停止24時間後の量に換算して10万キュリーの場合と1000万キュリーの場合。

<放射能組成>炉心内と同じ組成で放出される場合(全組成放出)と、揮発性放射能(希ガス、ヨウ素、セシウム)が主に放出される場合(揮発性放出)。

<放出温度>高温(1650度C)で放射能が放出される場合と低温(常温)の場合。高温放出の場合は、放出点において上空(気象条件により400mまたは860m)まで直ちに放射能が上昇するものとし、低温放出の場合の放出高さは地上0mとする。ちなみに、チェルノブイリ原発事故は、爆発と火災があったために高温放出に近い。日本の原発事故の場合には低温放出に近いであろう。

<放出粒子径>1μm(粒径小)の場合と7μm(粒径大)の場合。粒径小の場合は普通の煙のサイズで沈降が遅く、粒径大の場合は工場塵埃に相当し速やかに沈降する。

C 気象条件 放出された放射能は、風下に流されながら放射能汚染を生じることになるが、各地点での放射能濃度や沈着量は、そのときの気象条件によって大きく違ってくる。想定された気象条件は以下の通りである。

<風向>原発から大都市(東京)に向かうと想定し、途中に中都市(水戸市)が位置している。

<天候>降雨無し(乾燥)の場合と雨の場合(降雨量毎時0・7o)。

<大気安定度と風速>大気の拡散しやすさを示す大気安定度は、典型的な温度逓減(晴れた日中のように上空の方が気温が低く大気は拡散しやすい)の場合とかなり強い温度逆転(上空にいわゆる逆転層があるため大気は拡散しにくい)の場合とする。風速は、温度逓減の場合、地上放出で毎秒4m、上空へ上がる高温放出で毎秒7mとする。温度逆転に対しては、それぞれ毎秒2mと毎秒6mとする。

D 拡散と沈着の計算 風下各地点の放射能濃度の計算にはサットンの式が用いられた。この式は、風下中心軸周辺の放射能濃度を正規分布を用いて表わし、その分布パラメータは風下距離と気象条件の関数として与えられる。地表への放射能の沈着量は、乾燥沈着の場合は地表放射能濃度に沈着速度(粒径小で毎秒0・01p、粒径大で毎秒1p)を掛けた値となる。一方、降雨沈着の場合は、各高さの放射能濃度に除去係数を掛けながら高さ方向に積分した値となる。

E 被曝量の計算 被曝の受け方には、身体の外部にある放射能から外部被曝と、体内に放射能を取り込んだ場合の内部被曝がある。原産報告では、外部被曝としては、大気中の放射能雲からのγ線による全身外部被曝、内部被曝としては、放射能の吸入にともなう肺などの臓器の内部被曝が計算されている。ここで指摘しておきたいのは、地表に沈着した放射能からの外部被曝が被曝量計算に含まれていないことである。この被曝は、チェルノブイリ原発周辺住民の場合のように何日もたってから退避が実施された場合には、放射能雲からの被曝量よりかなり大きなものになる。また、内部被曝については、飲食物による放射能の取込みは考慮されていない。

F 人的被害区分と賠償額 原産報告で採用されている人的被害の区分と被害者への賠償額を表1に示す。人的被害として見積もられているのは、大量の被曝にともなう急性障害のみで、被曝量が小さくてもそれなりの確率で発生するガンや遺伝的影響といった晩発性の障害については評価されていない。死亡した場合の賠償金額が83万円というのは現在の感覚では噴飯ものであるが、この額は当時の交通事故死賠償金額や医療費などを参考に算出されたものである。

表1 人的損害の区分と損害賠償額

区分

障害の内容

全身換算被曝量

一人当り損害賠償額

1級

被曝後14日以内に全員死亡.

700

レントゲン以上

83万円(うち慰謝料35万円)

2級

全員放射能症.被曝量に応じ一部死亡.回復者は180日の入院.

200700

レントゲン

死亡:88.5万円(同35万円)

回復:40.8万円(同15万円)

3級

放射能症を呈すが死亡なし.90日の入院。

100200

レントゲン

24.7万円(同10万円)

4級

90日の医学的観察と検査.

25100

レントゲン

3.6万円(同3万円)

  G 物的損害区分と損害額 物的損害は、地表汚染にともなう立退き、一時的退避ならびに農業制限である。表2に、各区分の地表汚染密度と損害額の基準を示す。損害額基準は、当時の固定資産や農業所得の統計を参考に算出されている。

表2 汚染にともなう損害区分と損害額

区分

対策の内容

汚染レベル(1平方m当り)

損害額

揮発性放出

全放出

A級

12時間以内に全員立退き 0.04キュリー以上 0.07キュリー以上 一人当り:

都会60万円

農村35万円

B級

1カ月以内に全員立退き 0.01キュリー以上 0.02キュリー以上 A級と同じ

C級

都会居住者は6カ月間退避、農村は農業不可のため移住 6×10-4キュリー以上 4×10-5キュリー以上 一人当り:

都会10万円

農村35万円

D級

現有作物の廃棄と1カ年の農業制限 6×10-5キュリー以上 4×10-6キュリー以上 1平方q当り500万円

被害規模の試算結果

 1000万キュリーの放射能放出の場合の被害を表3にまとめた。事故被害の様相が、放出条件と気象条件によって大きく変化することを示している。死亡・障害者数がもっとも大きいケースは、低温・揮発性・粒度小の放出で逆転・雨無の場合で、死亡720人、障害5200人となっている。逆転層がある場合、地上近辺の放射能雲が拡散されず、濃い濃度のまま遠方まで達する結果、人的被害が大きくなる。原発出力が同じで周辺人口密度が約半分であるWASH740に比べ、最悪の場合の人的被害が小さくなっているのは、被害区分の違い(原産報告の全員死亡は700レントゲン以上であるのに対しWASH740では450レントゲン以上)と、放射能雲にさらされ始める時刻の設定(原産報告では放出開始から、近距離は1時間後、遠距離は6時間後。WASHではすべての距離で2時間後)といった被曝モデルの違いによるものであろう。

表3 原産報告の損害試算結果(放出量1000万キュリーの場合)

放出条件

気象条件

人的損害(人)

物質的損害

損害額(円)

死亡

障害

要観察

早期立退き(人)

退避/移住(人)

1年農業制限(平方km

低温・揮発性・粒度小

逓減・雨無

3100

510

20

23

逓減・雨有

3100

2400

360

3.75

5650

逆転・雨無

720

5000

130

4800

28

3400

1140

低温・揮発性・粒度大

逓減・雨無

6700

4270

10.8

2700

375

逓減・雨有

3700

3800

6.2

51

5650

逆転・雨無

5

165

1900

3200

1.6

132

55

低温・全放出・粒度小

逓減・雨無

6780

96

1.35

350

53

逓減・雨有

6600

9.9

1760

15

37300

逆転・雨無

540

2900

400

3

370

3.6

9630

低温・全放出・粒度大

逓減・雨無

67

2700

3.53

800

3.6

1兆1000

逓減・雨有

15

1300

8700

12

170

420

逆転・雨無

8

90

1400

6200

4.9

240

145

高温・全放出・粒度大

逓減・雨無

6700

470

2.48

6780

逓減・雨有

22

870

1500

11000

逆転・雨無

200

3.6

145

  表3で損害額がもっとも大きいのは、放出条件が低温・全放出・粒度小で気象条件が温度逓減・雨の場合で、3兆7300億円と途方もない額になっている。温度逓減の場合放射能は拡散するが、その分汚染面積が広くなり立退きや農業制限の面積が大きくなり損害も巨大となる。10万人の早期立退き、1760万人の退避・移住、15万平方qに及ぶ農業制限といった数字に匹敵するようなことは、戦争にともなう壊滅的被害しか思い浮かばない。

 1960年の日本の国家予算は1・7兆円であった。表3の試算結果は、万一の場合には、原子力事業者のみならず国家経済が破綻してしまう可能性を示している。過小評価の明らかな要因などいろいろな問題が残るものの、原産報告は原発大事故のとんでもなさをみごとに示している。ちなみに、1986年のチェルノブイリ事故によって最大の放射能汚染を受けたベラルーシでは、その被害額を国家予算の32年間分と推定している(3)。「本調査の目的は、原子力平和利用にともなう災害評価についての基礎評価を行い、原子力災害補償の確立のための参考資料とすることにある」という原産報告の目的は十分に果たされたといってよいであろう。

 

瀬尾による災害評価研究

 筆者が現在の職場にやってきた2十数年前、同僚の瀬尾健(1994年逝去)は、日本で最初の原発裁判である伊方原発訴訟の原告からの要請を受け、伊方原発1号炉(電気出力56万kW)の災害評価計算を行なっているところであった。瀬尾の解析方法は、1975年に米国で発表された、WASH1400(別名ラスムッセン報告)と呼ばれる新しい報告にならったものであった。研究所のコンピューターを駆使して得られた瀬尾の計算結果は、伊方原発で炉心溶融・格納容器破壊事故が起きると、原発周辺で約5000人にも及ぶ急性死者が発生し、高濃度の放射能汚染は風下100q以上に及ぶ可能性を示していた。

 原産報告後の研究結果は、原発そのものの出力の増加と原発事故に関する知見の増加があいまって、破局的事態の被害規模が一層大きなものであることを示している。日本全国のそれぞれの原発について大事故が発生した場合の被害計算をまとめた瀬尾の遺稿(4)は、原子力エネルギーに依存している私たちの社会への警鐘である。

       (いまなかてつじ・京都大学原子炉実験所)


文献

1.大友詔雄・常盤野和男「原子力技術論」北海道大学生協、1990年.

2.藤本陽一・依田洋「発電炉事故の災害評価」科学、1973年3月号.

3.今中哲二編「チェルノブイリ事故による放射能災害・国際共同研究報告書」技術と人間、1998年.

4.瀬尾健「原発事故・その時あなたは!」風媒社、1995年.