JCO事故による敷地周辺の被曝線量
 

京都大学原子炉実験所 今中哲二

<本稿は原子力資料情報室通信308号(2000年1月30日)に掲載された.>

 


 

 JCO臨界事故の特徴のひとつは、被曝をもたらした放射線の主役が中性子だったことです。「裸の原子炉」と化した沈澱槽は強力な中性子源となって周辺環境に中性子を放出しました。周辺環境での被曝線量(1cm線量当量)のうち、約9割が中性子によるもので、残りの1割がガンマ線による被曝と推定されています。一方、チェルノブイリ事故のような原発事故では、大量の放射能が放出されるものの、周辺の人々が中性子線に被曝することはありません。

 原子力安全委員会が設置したJCO事故調査委員会(以下事故調)は、昨年12月24日に最終報告書を発表しました。周辺の人々にどれくらい被曝があったのかをキチンと解明することが事故調の重要な課題であったはずです。しかし、事故調の報告書には、野外に一定期間じっとしていた場合の被曝線量値が距離別に示されているだけです。実際に被曝した人々は、家の中にいたり避難したりしていますから、野外の線量をそのまま適用することはできません。報告書は、周辺住民の具体的な被曝線量について、「今後、…個人の線量評価の推定が進められることとなっている」と他人事のように記述しています。また、それぞれの距離別に何人の住民がいたのかというもっとも基本的な情報も明らかになっていません。事故調の役割は、事故の影響を解明するというより、できるだけ早く事故の幕引きをすることだったようです。

迷走を続けた線量評価

 11月4日報告:JCO敷地周辺での野外線量値を科技庁が最初に発表したのは、11月4日でした。その報告を見て驚いたのは、最初のバースト期(出力暴走期、25分)の線量が全体の48%にもなっていたことです(通信306号)。バーストに続く約20時間のプラトー期(出力安定期)の線量が52%です。その根拠は核分裂数の推定値でした。まず、沈澱槽内溶液の放射能分析データを基に、臨界事故による総核分裂数を2.5×1018個と推定し、次にプラトー期の核分裂数を、中性子線量率の測定データと計算値の比較から1.3×1018個と推定していました。両者の差である1.2×1018個をバースト期の核分裂数として、線量も同じ割合で割り振ったわけです。当時私は、JCOから1.7q離れた中性子モニタリングポストで観測されたデータを基に、初期バースト(3分間)の大きさは全体の6%程度であると見積もっていましたが、科技庁の発表はその8倍も大きな値でした。細かい話は省きますが、報告書を読み込むとどうも根拠が怪しいようで、私の見積もりの方が正しい値に近いだろうと思っていました。

 12月11日報告:科技庁が線量の見直しを行ない、被曝線量を下げたというニュースが12月12日に流れました。11日付けのその報告書をみると、それまでの48%というバースト期の割合が大きすぎたと認めたようです。結局私と同じく中性子モニタリングポストデータを用いて、バースト期とプラトー期の線量比が11.4%対88.6%になりました。ところが、割合は変わったものの、プラトー期の線量値は以前のままで、バースト期のみが7分の1に減っていました(通信307号)。不思議だったのは、新たな報告書に核分裂数についての言及がなかったことです。

 12月15日に科技庁主催で開かれた「臨界現象の科学的検討について」という意見交換会に出席する機会がありました。その会で、線量の見直しにともなって核分裂数の評価はどうなったと質問しました。科技庁側の答は、被曝線量の見直しは行なったが、核分裂数の評価は関係していないというものでした。核分裂数については48%対52%という以前の比が残っていて、線量のみ11.4%対88.6%に見直したということになります。現象全体を解明しようという立場からは受け入れ不可能な説明でした。

 12月24日最終報告:事故調の最終報告には、被曝線量に関する資料が添付されています。線量の値は12月11日報告と同じですが、外部の専門家8名を加えて検討したというその資料では、11月4日報告のプラトー期計算が間違っていたと認めています。12月15日の会議では訳のわからない話になっていましたが、間違いを認めることにより最終報告でなんとかつじつま合わせをしたようです。

1cm線量当量と実効線量当量

 事故調の報告書・資料では、「1cm線量当量」と「実効線量当量」という2種類の被曝線量が示されています。単位はどちらもミリシーベルトですが、値そのものは、実効線量当量の方が1cm線量当量の約半分になっています。最終報告は、結論的な被曝線量として実効線量当量の方を採用しています。

 「1cm線量当量」というのは、測定器で測ろうとする被曝線量です。体の外部から放射線を受けた場合、人体組織での減衰効果があるので、体全体がまんべんなく均一に被曝するわけではありません。そこで、測定器で測る値を、体のどの部分の被曝に相当する量に合わせておくかという問題が出てきます。ガンマ線用や中性子線用の通常の測定器では体表面から1cmの深さの組織に相当する被曝線量を測ることになっています。その値が「1cm線量当量」です。もちろん計算によって求めることも可能です。

 一方、「実効線量当量」とは、体の各部分の被曝を総合的に表すために導入された概念です。各臓器には、骨髄0.12、甲状腺0.03というように、「臓器加重係数」が割り振ってあります。臓器加重係数の値は、合わせると1になるようICRP勧告で決められています。各臓器ごとの被曝線量に加重係数を掛けて、さらにそれらすべてを足し合わせたものが「実効線量当量」です。実効線量当量とは、不均一だったり部分的な被曝を、全身均等換算にした被曝線量といってよいでしょう。

法令に則っていない線量評価

 ガンマ線のように人体内であまり減衰しない放射線による被曝の場合、1cm線量当量と実効線量当量の違いは問題になりません。JCO事故のような中性子被曝の場合、人体組織は水分が多く中性子に対して遮蔽効果の大きい水素をたくさん含んでいます。したがって、1cm線量当量と実効線量当量が数倍も違ってくることもあります。

 1cm線量当量と実効線量当量を、その定義に従って別々に求めるという事故報告書のやり方が間違っているとは思いません。ところが、原子炉等規制法に関連する法令では、「外部被ばくによる実効線量当量は、1センチメートル当量とすること」と規定されています。つまり、報告書に示されている実効線量当量の計算方法は法令に則っていません。JCO事故では、法令で決められた年間線量限度(実効線量当量1ミリシーベルト)を超える被曝を周辺の人々が受けています。法令基準との関係を議論する際には、JCO事故報告書の実効線量当量値を使えないことをここでは指摘しておきます。

法令改訂とともに変わる被曝線量

 放射線防護基準の改訂作業が現在進められており、今年の春から施行される予定です。現在の日本の法令はICRPの1977年勧告に基づいていますが、新たな基準では、ICRPの1990年勧告を取り入れます。

 不思議な話ですが、この改訂にともなって、JCO事故による被曝線量の値も変わることになります。被曝線量を計算するための基本的な量は「吸収線量:グレイ」なのですが、同じ1グレイでも、ガンマ線による被曝と中性子による被曝では、中性子の被曝効果の方が大きいことになっています。こうした放射線の違いを表すものが「線質係数」で、ガンマ線の場合は1、中性子の場合(中性子のエネルギーにより違いますが)10になっています(ちなみにベータ線は1でアルファ線は20)。これまで議論してきた「線量当量:シーベルト」とは、吸収線量(グレイ)に線質係数を掛けて得られた被曝線量です。

 新しい勧告では、中性子の線質係数が(エネルギーによっては)20になります。つまり、中性子被曝にともなう線量当量の値は以前に比べて2倍になります。また、臓器加重係数の値も若干変わってきます。細かい計算方法なども変わってきますので、結局大ざっぱに言って、実効線量当量で2倍、1cm線量当量で3割増になります。

 被曝という事実そのものに変わりようはないのに、法令改訂とともにその被曝線量が変わってしまうという奇妙な話ですが、「線量当量」という単位が「便宜的でご都合的な」概念であることに由来するものです。