<原子力安全問題ゼミ資料>

                           1997年8月29日

                                 今中哲二

SEO原発事故災害評価プログラムにおける放射能の拡散・沈着、被曝線量、リスクモデル

 

1.放射能の大気中拡散

 原発事故で放出された放射能がどのように拡散するかは、気象条件、地形、放出放射能の性状など、いろいろな条件に左右される。

 放射能の大気中拡散モデルとしては、風下方向を中心軸として、放射能濃度の分布がそのまわりで正規分布になるとして扱う、パスキルの式が古くから用いられている。SEOプログラムが準拠しているラスムッセン報告(WASH-14001975)や、日本の原子力安全委員会の安全解析気象指針も、パスキルの式を基本のモデルに採用している。

 

1-1.パスキルの式

 高さ[m]の排気筒から、ある放射能が放出速度Q[Bq/]で放出されるとき、風下地点p(x,y,z)での放射能の濃度c (x,y,z)[Bq/m3]は、以下のパスキルの式で表される。

   ――(1)

    x:pの風下軸上距離(m)

    y:pの風下軸からの直角距離(m)

    z:pの地表高さ(m)

    :風速(m/秒)

    σ、σ:y方向、z方向の雲の拡がりパラメータ(m)。大気安定度別に、xの関数として別途与えられる。

ただし、(1)式は、<拡散中の放射能の減衰>および<地表沈着にともなう減量>は考慮していない。つまり、半減期が長く沈着しないKr-85のような希ガス放射能の場合に適用できる式である。ちなみに、最後の(z+H)項は、放射能雲が地表に達してから反射してくる分を表している。

大気安定度について:雲の拡がり方を示す指標として、大気安定度が用いられ、以下のように風速、日射量、放射収支量に従ってА型〜G型に分けられる(安全解析気象指針より)。

風速U

(m/sec)

日射量T(kW/m2)

放射収支量Q(kW/m2)

T³ 0.60

0.60>T³ 0.30

0.60>T³ 0.30

0.60>T³ 0.30

Q³ -0.02

-0.02>Q³ -0.04

-0.04>Q

U<2

A

A-B

B

D

D

G

G

2£ U<3

A-B

B

C

D

D

E

F

3£ U<4

B

B-C

C

D

D

D

E

4£ U<6

C

C-D

D

D

D

D

D

6£ U

C

D

D

D

D

D

D

計算に用いるのはA〜F型で、A-BはB、B-CはC、C-DはD、GはFに分類する。

 

 後の議論のため、(1)式を次のように変換しておく。

地表面濃度:z=0、つまり地表面での濃度は、

         ―――(2)

となる。

y方向クサビ形分布:さらに、y方向の濃度分布については、風下方向を中心とする一定角度q (=360f) 内で一様とし、その角度外の濃度は0になる(クサビ形分布)と仮定する。(f値は、別途与えられる。)

 この場合、| q | £ 180f において(2)式は、

           ―――(3)

となる。

f値は、WASH-1400ドラフトに従うと、次の式で求められる。

                   ―――(4)

  t:放射能放出継続時間

  t0:基準の放射能放出継続時間(=0.5 hr

  fo:基準のf値で、大気安定度別に以下の値

安定度

0

0.111

0.083

0.055

0.042

0.028

0.021

 

s zの値:右図に大気安定度別の、風下距離xs zの関係を示す。図の値は、以下の式により計算されたものである。

 ――(5)

(計算値が1000mを越えるとs z=1000とする。)必要な定数 s 1a1a2a3は、大気安定度別に表にされており、SEOプログラムに組み込まれている。

 s y(x)についての計算式もあるが、SEOプログラムではクサビ形モデルを用いるので、s y(x)は必要としない。

 

 

1-2.SEOプログラムの大気中拡散式

 当面、地表面での濃度しか扱わないので、c (x,y,0) c (x)と書くことにする。

 SEOプログラムでは、WASH-1400のドラフト(草案)を基に、<放射能の減衰><地表沈着による減量>および<原子炉建屋の拡散への影響>を考慮している。

まず、風下距離xまで達する放射能の量をQ(x)とする。建屋効果を表すAc[m2]を導入し、地表濃度c (x)を次の式で表す。

       ―――(6)

ここで、Acは、格納容器の立ち上がり面積[m2]が、拡散に与える効果を表すために導入されたもので、SEOプログラムでは、    ―――(7)

で組み込まれている。

 ?式を基に、放射能雲がxからx+D xへと移動する間に、放射能減衰と地表沈着によって減少する量、D Q(x)を考えると

(時間D x/Uの間の放射能減衰量)=、     λ:放射能減衰係数[1/sec]

(面積2p fxD xでの地表沈着量)=  V:地表沈着速度[m/sec]

なので、

            ―――(8)

となる。

 従って、総量Q(x1)の放射能雲が、x1点からx2点まで移動したとき、雲中の放射能量Q(x2)は、(8)式を積分することにより、

      ―――(9)

で与えられる。

(6)式と(9)式が、SEOプログラムにおいて地表での放射能濃度を求める基本式である。

 

1-3.地表濃度の計算手順

 基本計算プログラム(ACC40K.for)においては、以下の35点(i=1,35)に対し、地表濃度c (xi)を計算する。

0.10 0.15 0.20 0.30 0.40 0.60 0.80 km

1.0 1.5 2.0 3.0 4.0 6.0 8.0 km

10. 15. 20. 30. 40. 60. 80. km

100. 150. 200. 300. 400. 600. 800. km

1000. 1500. 2000. 3000. 4000. 6000. 8000. km

具体的手順としては、放出源(x=0)から始めて、(6)(9)式を使って、順に0.1km0.15km、…、8000kmまでのc (xi)を計算する。計算対象の放射能は45核種である(n=1,45)

最も面倒なのは、(9)式の積分項であるが、SEOプログラムでは、各区間(xi~ xi+1)20等分してシンプソンの積分公式を用いている。幸いなことにこの積分項は核種に無関係なので、区間内で一度計算すれば、すべての核種に適用できる。

 以上の手続きを基に、ある原発事故の入力パラメータ(出力、事故型、放出高さ、風速、大気安定度など)に対して、風下35地点での45核種の地表濃度c n(xi)[n=1,45 i=1,35]を計算する。

 

2.地表沈着量計算

 地表沈着量(地表汚染密度)C n(xi)は、地表濃度c n(xi)から、以下の簡単な式で計算される。

                  ―――(10)

  V:核種nの沈着速度[m/sec]

 SEOプログラムではWASH-1400ドラフトを基に以下のような値が採用されている。

放射能の種類

沈着速度(m/sec)

希ガス

0.0

無機ヨウ素

0.005

その他粒子状

0.002

 

注意1:話の都合上、これまでは、放出源から定常的にQ0n[Bq/sec]で放射能が放出されるとして、c n(xi)[Bq/m3]の地表濃度を求めてきた。(10)式から分かるように、この場合のC(x)dimensionは、[Bq/m3]×[m/sec][Bq/m2/sec]で、地表汚染速度とでも表現すべき量になる。

一方、放射能が一瞬で放出された場合でも、これまでの式の形はそのまま有効である。(定常放出は、連続したパルス放出の重ね合わせで表すことができ、連続したパルス放出の積算は、すべてを合わせた1回放出と同等である。)ただし、計算結果は時間積算値として扱う必要がある。つまり、放出量Q0[Bq]に対し、地表濃度c は時間積算濃度[(Bq/m3)sec]となり、(10)式で求められる(x)dimensionは、[(Bq/m3)sec]×[m/sec][Bq/m2]となり、地表汚染密度となる。

 

注意2:WASH-1400では、事故タイプに従って、放出開始時間と放出継続時間が与えられている。SEOプログラムでは、放出継続の中間時点で全放射能がパルスとして放出されるというモデルで扱っている。もちろん、各核種の放出量は、その放出時点に対して崩壊補正される。

 

3.被曝線量計算

 ここまでのプロセスで、地表濃度c n(xi)と地表汚染密度Cn(xi)を求めることができた。

SEOプログラムでは、cCを基に、対応する換算係数等を用いて、外部被曝や内部被曝についての様々な量を計算する。

 ここでは、以下の主要な被曝線量(率)計算値について説明しておく。

外部被曝線量率[Sv/hr]

外部被曝線量[Sv]

内部被曝線量[Sv]

Total線量[Sv]

D10D11、・・・という名称は、ACC40プログラム中の関数定義に準じたもの。>

 

3-1.グラウンド線量(率):D10、D14、DSP

D10は、地表に沈着した放射能からのγ線による、地上1mでの放射線量率。それぞれの核種についての換算係数G g(n)が与えられているので、以下の式で容易に計算できる。

           ―――(11)

G g(n)は、SEOによって、それぞれの放射能について、単位密度無限平面モデルにより計算された値を用いる(表1)。

SHLDは、計算のはじめにパラメータ入力される地面遮蔽係数で、SHLD=1とすれば、建物などの遮蔽は考慮されない。

汚染地からの避難は、滞在期間(日)としてパラメータ入力される。D14は、汚染が生じた時点から避難までのグラウンド線量で、(11)式を時間積分して容易に計算できる。

DSPは、急性の影響を評価するために導入されたもので、短期被曝線量を計算するためのグラウンド線量。

3-2.クラウド線量:D11

放射能雲の通過にともなう、雲からのγ線による地表での外部被曝線量。グラウンド線量率と同様に、地表放射能濃度c n(xi)にクラウド線量換算係数G c(n)を掛けて計算されるが、現在のSEOプログラムでは2種類の換算係数が用意されている。

A.サブマージョン換算係数:G c(n)

 地表濃度の放射能が、均一濃度で地上に半無限に分布するとした時のγ線による外部被曝換算係数。G c(n)の値は、WASH-1400ドラフトに基づく(表1)。

            ―――(12)

B.近似関数換算係数:G c(n,xi)

 サブマージョン換算係数を用いると、放出源近くで、クラウド線量が非現実的に小さくなってしまう場合がある(H/s z>>1のとき)。SEOは、この問題を回避するため、放射能雲からのγ線線量の換算係数を、近似式で計算する方法を開発した。この方法では、1計算ごとに、放出高さ(H)s z(xi)、核種別γ線エネルギーなどを考慮した換算係数G c(n,xi)を求めてクラウド線量を計算する。<近似計算方法の詳細は不明>

          ―――(13)

<風下距離が1kmを越えると、どちらのモデルもほぼ同じ値となるが、現在のSEOプログラムでは、計算者が指定しない限りBを用いる。また、クラウド線量についての遮蔽係数は1.0(遮蔽なし)で固定されている。>

 

3-3.内部被曝線量:D05、D04

SEOプログラムの内部被曝は、呼吸にともなう放射能吸入のみを扱い、飲食物の摂取にともなう内部被曝は扱っていない。

呼吸量は、WASH-1400ドラフトより、すべての人に対し毎秒0.22リットル(0.00022 m3/sec)とする。従って、取り込み放射能量QIn(xi)

            ―――(14)

となる。

吸入取り込み量から、内部被曝線量へは、体内被曝換算係数を用いる。

D05は、いわゆる預託線量当量(Committed Dose Equivalent)で、取り込み後50年間の全身被曝線量当量である。その換算係数HL(n)は、ICRP30に基づく(表1)。

     ―――(15)

D04は、短期の内部被曝で、吸入後7日間とそれに続く23日間の内部被曝である。

     ―――(16)

短期内部被曝の換算係数HS(n)は、ICRPでは与えられていないので、以下の方法で求められている(表1)。

        ―――(17)

ただし、H7dH30dH50yは、WASH-1400最終報告で示されている7日間、30日間、50年間の骨髄線量換算係数である。

 

3-4.Total線量:D12、D13

基本プログラム(ACC40K)は、短期Total被曝線量(D13)と長期Total被曝線量(D12)を求め、次のステップであるAJACへと引き渡す。AJACは、D13を基に急性死数を、D12を基にガン死数を計算する。

(短期Tatal線量)=(クラウド線量)+(短期グラウンド線量)+(短期内部被曝)

(長期Total線量)=(クラウド線量)+(避難までのグラウンド線量)+(長期内部被曝)

 

4.被曝影響リスクモデル

被曝影響計算プログラム(AJAC-KM)では、ACC40Kの計算結果を、原発位置データ、市町村位置データ、人口データと組み合わせて、急性死とガン死の数を計算する。各市町村での被曝線量は、ACC40Kの計算結果を内挿して求める。

急性死リスク:

SEOプログラムでの急性死確率Lacuteは、WASH-1400ドラフトのモデルを修正し、短期Total線量DS(=D13)の関数として次の式で計算される。

   ――(18)

ただし、D1は半致死線量(初期設定は4Sv)で、aLacute曲線の立ち上がりと1への漸近の仕方を決める係数で、90%致死線量を6Svとするとa=5.419になる(右図)。

ガン死リスク:

晩発性のガン死確率Lcancerは、長期Total線量DL(=D12)の直線的関数として計算する。

    ―――(19)

DC[Sv]ガン線量として入力されるパラメータで、直線的線量・効果関係においてガン死1件が期待される被曝線量である(初期値は2.5Svになっている)。

 

 

        表1. 被曝線量計算のための各種換算係数

 

n

放射能

核種

γ線

エネルギー

G g(n)

グラウンド線量

G c(n)

クラウド

線量

HS(n)

短期内部

被曝

HL(n)

長期内部

被曝

(MeV)

(Svm2)/

(Cihr)

(Svm3)/

(Cisec)

Sv/mCi

(Sv/mCi)

1

Kr-85

0

0

0

0

0

2

Kr-85*

0.160

0.600E-01

0.360E-03

0

0

3

Kr-87

0.820

0.200

0.360E-02

0

0

4

Kr-88

0.221E 01

0.600

0.420E-02

0

0

5

Sr-89

0

0

0

9.535E-02

0.370

6

Sr-90

0

0.436E-05

0

1.086E-01

0.130E 02

7

Sr-91

0.750

0.195

0.160E-02

1.008E-02

0.150E-01

8

Y-90

0.100E-01

0.436E-05

0.200E-04

7.465E-02

0.810E-01

9

Y-91

0.100E-01

0.641E-03

0.200E-04

6.789E-02

0.440

10

Zr-95

0.760

0.287

0.190E-02

3.350E-02

0.180

11

Zr-97

0.240

0.294

0.600E-03

2.105E-02

0.400E-01

12

Nb-95

0.770

0.146

0.180E-02

1.889E-02

0.460E-01

13

Mo-99

0.190

0.273E-01

0.600E-03

3.558E-02

0.370E-01

14

Tc-99*

0.140

0.285E-01

0.350E-03

2.100E-04

0.210E-03

15

Ru-103

0.490

0.958E-01

0.110E-02

2.835E-02

0.770E-01

16

Ru-105

0.790

0.162

0.200E-02

4.100E-03

0.410E-02

17

Ru-106

0.200

0.367E-01

0.500E-03

3.123E-01

0.440E 01

18

Rh-105

0.200E-01

0.153E-01

0.500E-04

8.500E-03

0.850E-02

19

Te-129

0.700E-01

0.108E-01

0.180E-03

6.700E-04

0.670E-03

20

Te-129*

0.100

0.472E-01

0.250E-03

8.929E-02

0.200

21

Te-131*

0.149E 01

0.403

0.375E-02

5.419E-02

0.560E-01

22

Te-132

0.280

0.463

0.500E-03

7.332E-02

0.780E-01

23

I-131

0.390

0.756E-01

0.900E-03

2.605E-01

0.330

24

MI-131

0.390

0.756E-01

0.900E-03

2.605E-01

0.330

25

I-132

0.230E 01

0.409

0.550E-02

3.400E-03

0.340E-02

26

I-133

0.630

0.115

0.120E-02

5.471E-02

0.550E-01

27

I-134

0.480E 01

0.486

0.600E-02

1.100E-03

0.110E-02

28

I-135

0.145E 01

0.341

0.420E-02

1.100E-03

0.110E-01

29

MI-135

0.145E 01

0.341

0.420E-02

1.100E-03

0.110E-01

30

Xe-133

0.800E-01

0.188E-01

0.700E-04

0

0

31

Xe-135

0.260

0.493E-01

0.600E-03

0

0

32

Cs-134

0.158E 01

0.291

0.360E-02

4.744E-02

0.460

33

Cs-136

0.186E 01

0.402

0.460E-02

4.497E-02

0.760E-01

34

Cs-137

0.660

0.111

0.130E-02

2.811E-02

0.320

35

Ba-140

0.190

0.430

0.600E-03

4.879E-02

0.790E-01

36

La-140

0.239E 01

0.392

0.520E-02

4.237E-02

0.430E-01

37

Ce-141

0.700E-01

0.178E-01

0.160E-03

3.474E-02

0.830E-01

38

Ce-143

0.340

0.488E-01

0.850E-03

2.691E-02

0.310E-01

39

Ce-144

0.300E-01

0.546E-02

0.400E-04

8.940E-02

0.350E 01

40

Pr-143

0

0.171E-08

0

3.874E-02

0.740E-01

41

Nd-147

0.180

0.229E-01

0.450E-03

4.270E-02

0.610E-01

42

Pm-147

0

0

0

1.584E-03

0.340

43

Pm-149

0.200E-01

0.228E-02

0.120E-03

1.617E-02

0.280E-01

44

Pu-238

0

0.795E-05

0

6.560E 02

0.245E 05

45

Pu-239

0

0.724E-05

0

7.122E 02

0.270E 05

以上