浜岡1号機配管破断事故における原子炉の安全問題

   
 海老澤  徹 (原子力安全研究グループ)




 
1.  事故と経過と安全問題

2 001年11月7日午後17時02分HPCIの手動起動試験を実施したところ、HPCIが停止すると共に、原子炉建屋の数箇所で火災報知器が作動。

    主な事故経過:図1表1表2

17:02  高圧炉心スプレイ系(HPCI)ポンプ手動起動
   衝撃音確認:配管破断     HPCI蒸気管差圧高
       同上信号により、第1、第2蒸気隔離弁自動閉止
       HPCI自動隔離
       1号火災警報装置10カ所でほぼ同時に動作
       原子炉建家隔離
       エリア放射線モニタ指示値上昇(35?290μSv/h)

17:05  発電課長は原子炉建家全域に避難指示

17:12 「建家ダストモニタ異常」警報点灯

17:15  事故故障対応本部を確立

17:20  火災報知器の動作は蒸気漏洩によるものと判断

17:25  運転上の制限逸脱宣言(HPCIの待機除外)
       プラントパラメーターが安定していたので

18:02  本部からの指示により、原子炉建家内へ入域、
       RHR(B)の扉のはずれと水たまりを確認

18:15  原子炉の通常停止を指示
       HPCIの復旧が困難、火災報知器が作動、原子炉建家内で蒸気漏洩
       プラント状態が安定:通常停止を決定

18:20  原子炉負荷降下開始

2.  事故経過における問題点

2-1 事故の発端:
    予期しない水素爆発による配管の瞬時破断:次々と現れる新たな安全問題

2-2 配管破断に伴って生じた多くの機器の故障と警報

2-3 運転員が事故の状況を把握するのに約20分要している。

2-4 大事故の可能性の高い事態にも拘わらず、原子炉運転を許容する手順書の問題。

2-5 「隔離弁が機能しない」高い確率と大破断LOCA

2-6 隔離弁の不作動は、想定事故と全く異なる大破断LOCAの発生をもたらす
    HPCI不作動、格納容器不作動、冷却水の喪失、不完全なECCS作動条件

3.  事故における安全上の問題点

3-1 水素爆発による配管破断

(a) 予期していなかったため、防止対策、爆発による影響の軽減対策がなかった。
      幸いにも、今回は致命的な影響を免れた。爆発規模、爆発場所

(b) 爆発的配管破断による重要な機器の機能喪失が発生
      配管破断、HPCIの不作動、その他多くの故障、警報をもたらした。

(c) 爆発の場所、規模が変わればより重大な事態を招く可能性を持っていた。
      隔離弁系の不作動による大破断LOCA
      予熱除去系の破損
      電源系統の破損
      配管の破損
      機器制御系の破損

3-2 配管破断に伴って生じた多くの機器の故障と警報:表1表2

爆発の規模と場所により大きく異なる事態が生じる
    爆発による破壊、蒸気の影響、放射能汚染
      HPCI蒸気差圧高
      1号火災警報装置動作
      蒸気漏洩検出器系温度高:格納容器圧力高に結びつく
      予熱除去系B室の破損
      HPCIポンプの不作動
      P629.P682.P686計器監視不良
      P629.P683.P687計器監視不良
      ECCS計測制御電源喪失
      125VDC母線B地絡
      125VDC母線Bモータ異常
      原子炉建家隔離:換気空調系自動停止
      非常用排気ファン(A,B)トリップ
      R/W系漏洩
      原子炉建家 HVAC故障
      中央制御室 HVAC故障
      原子炉C/C B異常
      原子炉建家換気系モニタ放射能高、高高(2.7μSv−310μSv)
      建家ダストモニタ異常
      エリア放射線モニタ指示値上昇(35−290μSv/h)

3-3 運転員がHPCI不作動の状況を把握するのに約20分要している。
      計器に指示されている事態でも、事故対応までに要する最短の時間

3-4 大事故の可能性の高い事態にも拘わらず、原子炉運転を許容する手順書の問題。
      運転上の制限逸脱宣言(HPCIの待機除外)後、約1時間通常運転を継続
      HPCIの待機除外が事故によって引き起こされた時、直ちに停止すべき。

3-5 HPCI不作動を伴う大破断LOCAの可能性について。

(a) 隔離弁自動閉が不作動の時、大破断LOCA(HPCI不作動を伴う)が発生

(b) 内径15 cmの配管の破断は、隔離弁が自動閉しなければ、HPCI隔離時における大破断冷却水喪失事故になる。

(c) その防止のために必要な動作:
    (1)「HPCI蒸気管差圧高」信号による(2)「隔離弁自動閉動作」である。

(d) 発生確率は下記の発生確率の和である
       「HPCI蒸気管差圧高信号」の不作動の確率
       「隔離弁自動閉動作」の不作動確率

(e) これらの不作動確率は、通常運転時の場合と水素爆発に伴う配管破断では事情は全く異なる。

(f) 通常運転時については故障データから評価される。

(g) 一方、配管破断に伴う不作動確率は、爆発の規模と場所に大きく依存するが、一般的に(f)より遙かに大きく1に近い。今回の場合でも、事故の時期が遅れる、水素の貯まる位置がもっと近ければ、隔離弁系統破損の確率は大きい。

3-6 隔離弁の不作動は、想定と異なる大破断LOCAの発生:事故経過

    想定と全く異なる事故経過:ECCSが作動しない

(a) 隔離弁が不作動の時、直径15cmの配管破断による冷却剤の流失をもたらす。具体的には、約400トン/時間の蒸気が、格納容器を越えて、原子炉建家に放出

(b) このことは事故時の蒸気流量の減少量から評価される。すなわち、隔離弁は、配管破断後、約30秒で自動閉(15秒全開に相当)。その間約2トンの蒸気が放出。 放出割合は約400トン/時間(図2)。

(c) 一方、蒸気の発生量と給水量は約2870トン/時間。事故時には放出された蒸気は、圧力の若干の減少を伴う、タービンへの流量の減少によって補われた。

(d) 放出された蒸気は、タービン流量に比べれば少量であるため、LOCAの発生が検知されない。すなわち、ECCS作動条件:格納容器圧力高も原子炉水位低も起こらない(表3)。したがって、冷却水は失われるが、原子炉運転パラメーターは一見安定しており、LOCAの発生に気づかない恐れがある(表2)。

(e) その結果、隔離された原子炉建家は高温蒸気で充満する。高温蒸気により原子炉制御系、電源系、あるいは原子炉建家にある安全上重要な機器の故障をもたらす事態が発生する。

(f) 一方、冷却水が失われ、不足する事態が発生する。

(g) 結果的に炉心溶融に至る可能性大。

3-7 隔離弁の不作動は、想定事故と異なる大破断LOCA:工学的安全装置の不作動

    HPCI不作動、格納容器不作動、冷却水の喪失

(a) 配管破断はHPCIの不作動をもたらす。

(b) 一次系圧力バウンダリーを構成する隔離弁の破損は、格納容器を貫通して、炉心放射能を直接原子炉建家に放出する(図1、図3)。

(c) 格納容器圧力高にならない、LOCAにも拘わらずECCS作動条件にならない。

(d) 高温蒸気で充満した原子炉建家は、原子炉の電源系、制御系、機器に重大な損傷

(e) 冷却設備を持たない原子炉建家は破損し、炉心と環境が直結

(f) 原子炉建家への冷却材の放出は、循環使用を不能にし、冷却材不足の可能性
 

3-8 BWRにおけるLOCAとECCSの役割

(a) ECCSの種類、役割:表3、図3

(b) 大破断LOCA  :低圧炉心スプレイ系、高圧スプレイ系、低圧注入系

(c) 中小破断LOCA:高圧注入系、自動減圧系、低圧炉スプレイ系、低圧注入系

(d) 中破断(93cm2)時の典型的な事故経過の予測:図4、図5

4. 事故が示した安全上の問題点

事故は実物実験:予期しない事象による大事故への新たな重大な可能性