第92回 原子力安全問題ゼミ(2003年3月20日)

「もんじゅ設置許可無効確認訴訟」完全勝訴の背景

                          
久米三四郎


 
1.前例のない「原発設置許可無効確認訴訟」
(1)相手側:国(「もんじゅ」では通商産業大臣)
(2)訴えの目的:「もんじゅ設置の許可を無効に」
 伊方1号機はじめ他の原発の行政裁判では、訴えの目的は「原発設置許可の取消」であるが、「もんじゅ」では住民からの提訴が、設置許可後2年も経っていたため設置許可はすでに有効になっており、勝訴の条件が難しいとされている「設置許可の無効の確認」を請求する訴訟として訴え出なければならなかった。そのために、住民らは動燃相手に「運転差し止め」の民事訴訟とともに提訴した。
2.完全勝訴の背景
2−120余年に及ぶ原告・弁護団の苦闘資料1
(1)最高裁判決で原告適格を獲得
 行政訴訟の場合には、提訴する住民は法律的に「原告」としての資格(「原告適格」)を裁判所で認知されることが必要である。

 「設置許可取消請求訴訟」の場合には、「適格」の条件は「当該処分を求めるにつき法律上の利益を有する者」と定められている(「行政事件訴訟法」、第九条)。

 「設置許可無効確認訴訟」の場合には、さらに、「その訴えが、当該処分の存否又はその効力を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限る」という条件(同法、第三十六条)も求められている。

 住民らが提訴した福井地方裁判所は、住民らが同時に提訴した動燃相手の民事訴訟で、上記第三十六条に記載されている「目的」を達することができる、と判示して「原告適格」を認めず訴えを却下。控訴した名古屋高裁金沢支部は「もんじゅ」から20kmの範囲に住む住民に限って「原告適格」を認め、さらに住民・国双方からの「上告」を受理した最高裁判所は以下のような判断に基づいて、「もんじゅ」から約58kmの地域に住む住民も含め全員に「原告適格」を認め、動燃相手の民事訴訟では住民らの目的は達成できないと判示した全面勝訴判決を出し、提訴から7年を経過してようやく、先行していた民事訴訟と並んで、行政訴訟が始まったという経過を経ている。

 「上告人らは本件原子炉から約29キロメートルないし約58キロメートルの範囲内の地域に居住していること、本件原子炉は研究開発段階にある原子炉である高速増殖炉であり、その電気出力は28万キロワットであって、炉心の燃料としてはウランとプルトニウムの混合酸化物が用いられ、炉心内において毒性の強いプルトニウムの増殖が行われるものであることが記録上明らかであって、かかる事実に照らすと、上告人らは、いずれも本件原子炉の設置許可の際に行われる技術的能力の有無及び安全性に関する各審査に過誤、欠落がある場合に起こり得る事故等による災害により直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域内に居住する者というべきであるから、本件設置許可処分の無効確認を求める本訴請求において、「法律上の利益を有する者」に該当する者と認めるのが相当である。」

 裁判所での審理に先立って最高裁が示した「もんじゅの危険性」についての判断は、当然、福井地裁及び名古屋高裁での審理の前提となっていた。

(2)「ナトリウム火災事故」(1995.12.8)発生を機に攻勢に

原告ら住民が「もんじゅ」でのナトリウム火災の危険を指摘してきたことに対して、動燃や国は「安全対策が充分なので発生の心配は無用」と断言し続けてきた火災事故が、原子炉の臨界後わずか1年8ヶ月、出力40%の試運転中に発生した。

 さらに、動燃の「ビデオ隠し」によって、“ウソつき動燃”の体質も明るみに出た。

 そして、「もんじゅの安全確保の根幹にかかわる重大な事故」ときめつけた「福井、新潟、福島3県知事の提言」に代表される県内世論の高まりを背景に、法廷での原告側の攻勢は一挙に高まり、それまで傲慢な姿勢を示してきた被告国側は守勢に転じた。

(3)新しい実験データ・事故データを武器に

@動燃が実施した「ナトリウム火災事故実験」

 現実となった「ナトリウム火災事故」が「事故とは言えないほど些細な出来事だった」との評価を裏付けようとして、事故から半年ほど後に動燃は「火災事故の再現」を目的にナトリウム火災実験を実施した。しかしそれらの実験(「燃焼実験T、U」)の結果は、動燃の意図に反して「ナトリウム火災事故」の深刻さを浮き彫りにした。

そして、「『もんじゅ』の2次冷却系配管室では、「実験」で観察されたような床ライナの穴あきは起こり得ない」との国側の逃げ口上を、「原子力発電反対福井県民会議」が組織した「『もんじゅ事故調査』検討委員会」での検討結果を基に、封じ込めた。

A英国の高速増殖原型炉原発「PFR」で1987年に発生した「蒸気発生器伝熱管多数本同時破断事故」

 この事故が、「高温ラプチャー」と呼ばれるようになった新しい型の伝熱管破損伝播現象であることが判明するや、その現象が「もんじゅ」にとっても重大であることを原告補佐人の小林圭二さんが提起した。国側は「そうした現象も安全審査で検討済み」と抗弁したが、原告弁護団は小林さんと協力しつつ、「PFR事故」関連の重要な報告資料を国が入手していながら隠匿し、「もんじゅ」の安全評価に全く生かしてこなかったことを、一審の結審直前になって明らかにした。

(4)一審敗訴で受けた大きな衝撃

 「ナトリウム火災事故」以降の法廷での攻勢に自信を深めていた原告住民側は、予想を超えた「完全敗訴」の判決(2000.3.22)を受けた。

 しかも、その「判決」は、以下に例示するように、お粗末極まりない内容であったために、受けた衝撃も大きかった。

@「2次冷却材漏えい事故」について:

 漏えい落下する高温のナトリウムによって鋼鉄製の床ライナが腐食され、床コンクリートとナトリウムが直接接触するという最悪事態に近づく可能性は認めるが、床ライナ施工段階での審査の際に、床ライナの厚さを増やす等の対策が可能なので、安全審査の誤りは重大とまでは言えない。

A「蒸気発生器伝熱管損傷事故」について:

 国側証人の証言では、「高温ラプチャー現象」についても安全審査で検討したことになっているし、国側提出の証拠でも、「もんじゅ」では「高温ラプチャー」は起こらないことが認められる。したがって、「もんじゅ安全審査」には誤りがなかったと判断できる。

(5)「敗訴判決」を乗り越え「控訴審」に再度挑戦

 一審でのあまりにもお粗末な「敗訴判決」を許した原告側の主張・立証の問題点を、以下にも述べるように、徹底的に再検討するところから、「控訴審」に再度挑戦することを決意。

2−2 勝訴の戦略・戦術を明確にするための内部討論 

(1)「もんじゅ設置許可」の違法性を判断する法的条件の明確化

@原子炉施設安全規制関係法には明確な規定なし

 「原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質、核燃料物質によって汚染された物又は原子炉の災害による災害の防止上支障がないものであること。」

(「核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」略称「原子炉等規制法」、第二十四条1項四号

A「最高裁伊方(1号機)訴訟判決」(1992.10.29)が初めて明確に指示

 「原子炉設置許可の基準として、右(久米注:「原子炉等規制法」、第二十四条1項及び2項)のように定められた趣旨は、原子炉が原子核分裂の過程において高エネルギーを放出する核燃料物質を燃料として使用する装置であり、その稼働により、内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって、原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置運転につき所定の技術的能力を欠くとき、又は原子炉施設の安全性が確保されないときは、当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を起こすおそれがあることにかんがみ、右災害が万が一にも起こらないようにするため、原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しようとする者の右技術的能力並びに申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性につき、科学的、専門的見地から、十分な審査を行わせることにあるものと解される。

 以上の点を考慮すると、右の原子炉施設の安全性の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は、原子力委員会若しくは原子炉安全審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって、現在の科学技術水準に照らし原子力委員会若しくは原子力安全専門審査会の専門技術的な調査審議に用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過しがたい過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきである。

(2)「もんじゅ原子炉施設」に関する唯一の独自の審査基準

 「高速増殖炉の安全評価の考え方」(1980年策定、以下「考え方」)の内容と問題点の明確化

@準拠した「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」と共通した考え方

 @−1「設計基準事象」(DBE)想定方法

  「運転時の異常な過渡変化」:原子炉施設の寿命期間中に発生想定

  「事故」:「運転時の異常な過渡変化」を超える異常な状態であって、発生する頻度はまれであるが、発生した場合は原子炉施設からの放射性物質の放出の可能性

 @−2 想定「事故」安全解析結果の判断基準

想定事象に応じて、以下の3条件のどれか。

   (@)炉心は大きな損傷に至ることなく、かつ、十分な冷却が可能であること

   (A)原子炉格納容器の漏えい率は、適切な値以下に維持されること

   (B)周辺の公衆に対し、著しい放射線被ばくのリスクを与えないこと

A「高速増殖炉原発」にだけ適用される安全評価事象

  「考え方」の「別紙、U,(5)」に記載されている以下の定義の事象で、「5項事象」とも呼ばれている

  「『事故』よりさらに発生頻度は低いが結果が重大であると想定される事象」

  (久米注:「技術的には起こるとは考えられない事象」と流布されてきた呼び名は、恣意的なものにすぎない)そして、これらの事象の安全解析の方法や、その結果を判断する基準の明示はなく、以下の記載があるだけ。

「液体金属冷却高速増殖炉については運転実績が僅少であることに鑑み、その起因となる事象とこれに続く事象経過に対する防止対策との関連において十分に評価を行い、放射性物質の放散が適切に抑制されることを確認する。」

B策定時(1980)以来現在まで、ほとんど改訂されないまま

「考え方」の「まえがき」には、以下のように明記されているにもかかわらず、それが実行されていないことは驚きである。

「今後の安全審査などの積み重ねにより、安全性の評価の考え方及び方法について、より一層具体化、詳細化を行い、その確立を図る必要がある。」

他方、「考え方」が準拠していた「発電用軽水型原子炉施設」に対する審査諸基準については、以下のように、新基準の策定を含め、抜本的な改定が行われている。

「発電用軽水型原子炉施設」安全審査指針策定・改訂の経過


指針名
策定時
改訂時
「安全設計」
1970年
1977年 1990年
「安全評価」
1978年
1990年
「安全機能の重要度分類」
1990年

2−3 新しい審理方式の徹底活用

 名古屋高裁金沢支部での控訴審が始まるに当たって、原告・弁護団は「審理を促進し早期に終結するよう」裁判所に要請した。それは、国が核燃料サイクル開発機構に対して「もんじゅ原子炉施設設置変更許可」を申請させ、それを許可することによって「もんじゅ」施設の現状を変更し、控訴審を無効なものにすることを狙っていると判断したからである。

 その要請に対して裁判所は、公判前に開かれる「弁論準備手続協議の場」に新たに導入が可能になった「説明会」を活用したいと回答してきた。その「説明会」は、公判に先立って訴訟当事者から専門的な事項についての説明を裁判所が聴取する場で、すべての裁判を2年程度の審理で終わらせたいとの最高裁の意向に沿って、行政訴訟も含む民事訴訟の規則を改定して導入された。

 控訴人・弁護団は、「説明会」には参加人数の制限(控訴・被控訴双方各10名づつ)のために控訴人の一部しか参加できないことや、報道関係者には非公開であることなど問題のあることを認めながらも、審理促進のために裁判所の「説明会」提案を受け入れた。

 「説明会」は、約1年半ほどの間に合計14回も開かれ、そこでは、事前に裁判官から提起された科学技術的事項についての疑問点を中心に、控訴・被控訴双方が見解を表明した。

 「説明会」では、裁判所であらかじめ認められた双方各10名ずつの「説明員」が、3名の裁判官の近くに席を取り、その外側に双方の傍聴希望者(報道関係者などには非公開)が座るという状況の下で、午後いっぱいの時間を取って質疑応答が進められた。

 「説明会」では、法廷での「証人調べ」とは違って、双方の見解に対する裁判官からの質問も積極的に出され、それに応じて裁判官たちの理解が進む有様が参加者にも確認できた。

 「説明会」での討論の結論は、後日に開かれる法廷で双方の代理人が報告することで「弁論」は進行し、「説明会」で表明された見解は、「意見書」として提出可能で、証拠としても採用された。

この「説明会」で、控訴人側は、以下のような点を中心に、裁判官たちの理解を深めてもらうよう努力した。

(1)「2次冷却材漏えい事故解析」関連事項

@2次冷却系3ループすべてが冷却能力を失えば、原子炉停止後の「崩壊熱」の除去も不能となり、炉心溶融を招くこと。図1図2

A原子炉格納容器の設計耐圧は、外圧に対して約0.5気圧、内圧に対しては約0.1気圧であること。図3

B「もんじゅ」の現有設備と正規の運転手順の条件でも、「床ライナ」に腐食による穴あきは免れないこと。図4

(2)「蒸気発生器伝熱管破損事故」関連事項

 「高温ラプチャ」現象の重大性について図5図6):

@「もんじゅ安全審査」では全く審査されていなかったこと。

A現有の設備では「高温ラプチャ」による伝熱管多数本破断は防止できないこと。図7

B「高温ラプチャ」が発生すれば、炉心崩壊の危険もあること。

(3)「炉心崩壊事故」関連事項

@空想の事故でなく、現実に起こると考えねばならないこと。

A事故の経過と結果の深刻さは、コンピュータ計算で推定するしかないが、多くの未知要因のため、推定結果は現在でも不確定なままであること。
 

3.「判決理由」の構成と概要

3−1構成

(1)勝訴の対象は3事項

 控訴人側は最終段階で、「もんじゅ安全審査」の重大な誤りの事例として5項目、それに一審判決が誤判断した「もんじゅの有用性」とに絞って、裁判所の判断を求めた。裁判所は、前者5項目を取り上げ、そのうちの2項目(「技術能力」と「耐震設計」)については、控訴人側の訴えは認められないとして棄却した上で、以下の3「事故」の安全解析を審査した「もんじゅ安全審査」での調査、審議及び判断の誤りの重大さは、控訴人らの主張どおりであるとし、一審判決を破棄し、控訴人側勝訴の判断を示した。

 @「2次冷却材漏えい事故」

 A「蒸気発生器伝熱管破損事故」

 B「炉心崩壊事故」

(2)3段階の判断過程方式の採用

 「判決」は、「もんじゅ設置許可無効」を認知する根拠となる「もんじゅ安全審査」での「調査、審議及び判断の誤り」について、以下の3段階に分けて判断する方式を採用した。

第1段階:「誤り」があったのか? 

第2段階:その「誤り」は「重大で看過し難い」ものなのか?

第3段階:「重大な誤り」の結果、原子炉格納容器内の放射性物質が周辺環境に放出される具体的危険性が認められるのか?

3−2判示経過の概要

表1−3参照

表1 勝訴対象3事項についての判示概要(1)


 

4.「判決」に対するお粗末な批判・中傷の例

(1)危険施設の法的規制とその監視役としての裁判所の役割に付いての無知、ないし、「判決」(本文)を読まない“ずぼら”か、控訴審での審理進行状況についての無知に基づくもの

藤家原子力委員長、松浦原子力安全委員長、近藤俊介、茅陽一 ほか

(2)判決対象事項についての科学技術的評価の誤りに基づくもの

 @「ナトリウム火災事故」は「事故」ではなく「トラブル」

 A「現状のままでも『床ライナ』の健全性はOK」

 B「『高温ラプチャ』が発生しても大丈夫」

 C「『炉心崩壊が起こりうる』などとの判示は確率論を無視した非科学的夢想論」

 保安院、「核燃料サイクル開発機構」、宮崎慶次ほか

(3)「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」式の感情論に基づくもの

「原告住民や支援者は札付きの原子力廃止論者」

    上坂冬子・茅陽一対談
 

5.「もんじゅ設置許可無効確認訴訟判決」の評価

 「判決」は、裁判所が可能な限り控訴人・被控訴人双方の主張・反論を精査した内容であり、「科学的事実を誤解した裁判所の判断」といった類の批判は当たらない。

 もし、「判決」の表現に未消化の箇所があるとすると、その主要な原因は、実質的に立証責任を負っている国の怠慢に基づく以下の2要因である。

 (1)「もんじゅ原子炉施設」の安全評価審査基準のお粗末さ

 (2)「もんじゅ安全審査」における調査、審議、及び判断の過程に関する記録が一切公表されないままであること

6.上告審の見通し

(1)国は早々と、判決4日後の1月31日に最高裁あてに、「上告受理申立書」を提出

(2)名古屋高裁金沢支部は、「上告理由書」を3月28日までに提出するよう国に通知

(3)上告審では、高裁判決の内容に、「憲法違反」、「判例違反」及び「法律解釈の誤り」の有無に限って審理し、事実関係の再審理は行われない

(4)現在まで、国関係者が表明し、「上告理由」に含まれると予想される事項は以下の2点:

  @最高裁判例違反:  「重大かつ明白」→「重大」

  A法令違反(?):  「床ライナの健全性」は安全審査の審査対象でない

(5)もし、上記事項だけとすると、「却下」ないし、判決による「棄却」の可能性大(参考:「伊方1号機訴訟」では、上告から棄却までに要した期間は約7年間)

                    おわり