2004/10/7


美浜3号配管破損事故の力学的検討


京都大学 正脇謙次



1.はじめに

 20048月9日に発生した関西電力美浜3号機の給水系統の配管破損事故は、過去、類似の事故が他の原発において起きていたという事実が教訓として相変わらず生かされていない点、我国の原発がいかに危険な状態で管理されているかを垣間見た思いです。

 さて、この事故に関する中間報告(案)が9月27日付けで保安院から公表されました。この報告書に基づき、「配管破損メカニズム」について力学的見地から検討し、今後の問題についての討議資料として報告致します。なお、多数の方が報告書を既に入手しておられると思いますので(保安院のHP)、図表の多くを省略させていただきます。
 

2.配管破損の原因


 2.1 配管の破断部に生じる応力

 配管材料は炭素鋼(SB42 抗張力42kg/mm2)で、特殊な材質のものではありません。その特性は図1のように公表されています。使用環境で配管破断部(流量測定のために取り付けたオリフィス周辺)に生じる応力として、1. 内圧に依存する応力、2. 自重による曲げモーメントより生じる応力3. 熱応力を考えて、それぞれが許容値以内にあることを確認するために力学的に解析しています。内圧応力は13.0kg/mmのとき、設計書から肉厚は4.7mmとなり、実際は9.3mmですから、強度的には問題はありません。また、用いられている計算式等にも特別な問題点も見あたりません。したがって、所定の使用条件では、厚さ約10mmの配管は延性破壊しないことになります。なお、観察された金属組織は鋼の炭素含有量(1.6%)から予想されるパーライト(図中、黒部)とフェライト(図中、白部)の存在比に近く、妥当と思われます。配管は軸方向と円周方向に強度特性が異なりますので、2方向の引張り試験が課せられています。所定の強度特性を保持しているので材質的にも問題はありません。すなわち、当初、配管は力学的には十分な強度を保持していたことになり、今回の破損は経年変化による材質の変化が原因で起きたことになります。ただし、設計上、許容応力をひずみ0.2%を基準にして、このときの応力(降伏応力:約25.0MPa(140))を越えることないように安全率を設定しています。ここでは、許容値は約1/2程度に設定されています。実際に作用している応力は3.0kg/mmですから配管は十分な強度を保持しています。厚さ4.7mmとなった時点では、当然、配管は破壊しませんが、安全上、許容値を越えると交換するか補修しなければならないのです(破壊が条件ではありません)。

 2.2破損の原因

 設計上に問題がなく、経年変化による破壊であることから配管の破断部が最初に観察されたのでしょう。破断面の観察から配管の肉厚の減少(減肉)による延性破壊であることが確認されました(後ほどフラクトグラフから延性破壊の特徴であるディンプルの存在を確認しています)。

 通常、配管の減肉は表面の腐食(コロージョン 化学反応)と浸食(エロージョン 力学的破損)により進行することが知られています。配管が管理指針によって、既にこの観点から管理されていたことから、管理者はオリフィスの下流部に減肉が起きることを承知していたわけです。それにもかかわらず破損したのは、配管が未点検であったことに原因があるわけですから、この事故は2次系配管の損傷をいかに軽視していたかの証左でしょう。断熱材で被覆されている配管の肉厚を超音波で計測する経費等、経済上の理由により多数の配管について肉厚を計測していなかったと考えられるのではないでしょうか。


 2.3 破壊機構 

 一般に、金属の表面は酸化被膜で覆われており、表面層が不動態化すると耐食性が増します(Cr元素は酸素と化合して強い不動態膜を形成します)。すなわち、この被膜の存在により母地の金属元素はイオンとして溶液(水中)に溶出することが防止されます。しかし、酸化被膜が何らかの原因で破壊されると(エロージョン)、化学反応が進行して腐食(コロージョン)が起きます。今回の配管減肉がエロ−ジョンとコロ−ジョン(E/C)によって起きたと考えられます。破損配管の内面に馬蹄形模様の凹凸が観察されており(魚鱗状と表現されています)、この特徴が通常知られているE/Cによる減肉の特徴と一致することからE/Cによる減肉が起きたと結論されました。

 配管のE/C速度が流速と密接な関係にあることは古くから知られています。図2に概念図で示すように、E/C速度は通常、流速と共に増加する傾向にあります。特に流体が層流から乱流に移行すると著しく増加します。例えば、図中、領域Bでは、酸素の移動が腐食速度を支配することになりますが、領域Cでは、流体による剪断応力で被膜の破壊が起きます。被膜が剥離しますと、残留被膜はカソード、母地はアノードとなって電池を構成し、母地の金属原子が溶出します。初期にはアノードの面積はカソードの面積に比べて小さく、そのために電流密度が高くなります。したがって、母地は深く浸食されることになります。図中の剥離速度とは、被膜が破壊される速度を指します。剥離により腐食速度は低下し、表面が再び酸化します。このような過程が繰り返されて長期間にわたり減肉が進行すると考えられています。

 オリフスを設置すると、その上、下流に乱流が起きますが、特に、下流部では(図3参照)、乱流域にある配管内面がE/Cにより減肉します(破損配管では、オリフィスから管径の1.0-1.5倍の位置で最小の厚さとなっています)。このような乱流と減肉が密接な関係にあることは、設計当初から知られていたことです(管理指針参照)。

 剪断応力は流速の半径方向の勾配に比例しますから、この応力による酸化物の破壊がエロ−ジョンの原因とする考えに対して、剪断応力が小さいので破壊しないと言う説もあります。しかし、酸化物が振動して破壊するという直接観察の結果から判断して、筆者は疲労破壊によるエロージョンと考えます。なぜなら、衆知のように、疲労破壊は低応力でも十分起きるからです。このように、E/C速度は配管表面に露出する組織(電池の形成等)と密接な関係にあります。

 減肉が進行して応力が降伏応力を越すと、配管は塑性変形により伸長あるいは膨張します。酸化被膜の延性は母地に比べて低く、そのために破壊されます。すなわち、塑性変形が減肉部に集中することによりE/C速度が増加し、急速に減肉することになるでしょう。特に、配管の下部よりも上部の減肉が進行するのは、上部の引張り応力が下部よりも大きいことが原因ではないでしょうか。ちなみに、曲げモーメントによるの変形は上部で引張り、下部で圧縮変形です(図4参照)。

 2.4 A系配管とB系配管の減肉挙動の違い

 A系統(破損)とB系統の2つの系統に類似の配管が設置されています。それぞれの減肉の特徴が異なることが明らかになっています(図5参照)。

 A系統は上部が損傷を受けて最も薄くなっているのに対して、B系統は円周方向に平均して減肉しているという特徴があります。これらの点を微視的観点から検討されています。

 破損した配管の顕微鏡観察から、配管下部の内面層は3層から構成されていることがわかります。表面の第1層は酸化鉄(Fe3O4))を含む相、第2層は銅を含む相、第3層は母相です(図6参照)。

 A系配管の上部では、酸化鉄が成長後、早く破壊されたと考えられますから、第2層が表面に現れて易くなります。その破壊は粘性流体より発生する力、すなわち、剪断応力によって起きると仮定すると、上部と下部で減肉量が異なるのは、剪断応力の大きさに依存すると考えてもよいでしょう。

 なぜ、上部のみ減肉速度が高くなるのかをナビエ・ストークスの式から乱流計算により答えを得ようと試みられていますが、よい結果は得られていません。オリフス周辺部の乱流計算で、オリフィスの位置がA系統とB系統で僅かに違うとするだけでは流れの変化に大きな違いが生じないのです。したがって、この問題に対しては未解決です。両者の環境(流速、温度、圧力等)が異なることを考慮して、計算の対象域を広げる必要があると考えます。

 配管の接触面で発生する剪断応力は流体の粘性係数と流体の速度勾配の積に比例するので、酸化物の破壊条件が分かれば減肉量が予想されるのではないかと考えられますが、このような評価法は確立されていません。小さな酸化物周辺の乱流計算を十分な精度で行うのは容易ではないので、剪断応力を正確に評価することはできないのです。

 報告書には、乱流域で減肉が起きるという事実に基づき、乱流エネルギー分布(乱流を平均流と変動流の合成と仮定したとき、乱流エネルギーは変動流速の2乗に比例する)が減肉の分布に対応するのではないかという解析結果のみを掲載しています(図7参照)。すなわち、減肉現象を時系列で表現する式は現在、確立されていません。

 管理指針は実測値に基づき(すべての配管で実測しているわけではありませんが)減肉速度を予想するものですが、今回のように、A系統とB系統で減肉現象の違い(減肉速度)は当然予想されません。なぜなら、両系統で肉厚を定期的に計測していないからです。

 以上、力学的観点から配管の減肉現象を評価するには、温度、速度の他に、配管の塑性変形(A系統とB系統の配管で塑性変形量が異なる。早く減肉すると、配管上部の引張り変形が促進されて下部よりも減肉速度が増します。)、乱流による局所的な剪断応力等、幾つもの考慮しなければならないパラメータをあります。

 2.5 その他

 流体に含まれる酸化物等の物質を除去しない限り、微粒子が管壁に衝突して酸化物を破壊あるいは母地を研削、切削するので、減肉の速度は増加するはずです。もちろん、多量に残存するとその影響は大きくなるでしょう。曲管では、外周部内面は慣性力により外壁に衝突する粒子によって削られ、減肉が進行します(サンドエロージョン)。したがって、ある場所で剥離した酸化物は他の場所にも悪影響を与えることになります。 

 静圧が蒸気圧より低下すると、液体に蒸気の気泡が発生します(キャビテーション)。その気泡の崩壊時の衝撃波が配管の内面を変形させます。しかし、オリフィスの下流におけるキャビテーション発生の可能性は文献データを参考にして否定されています。

 原研がKastnerの式による減肉速度の解析結果と管理指針による計算結果を比較しています。その結果、後者の方が保守的であることから、今回の破損に対して、本式を適用するには無理があります(図8参照)。

エロージョンに対する対策として材料面からはステンレス鋼への変更が考えられます。ステンレス鋼のクロム原子は不動態被膜を形成するので耐食性はよくなるのと、被膜の強度が増せば、振動による機械的破壊を防止しますから減肉速度も低下するでしょう。ただし、溶質原子として塩素が含まれると(復水器からの侵入)、応力腐食割れの対策を考慮に入れなければなりません。

3.終わりに

 乱流計算において、実際に環境因子を計測しその値を用いなければ、正確なシミュレーションは不可能ですし、酸化物の破壊モデルと化学反応を連成した構成式を確立しなければ、時系列としてのE/Cによる減肉現象を解析することはできません。したがって、数値的に時期を予想するなど現時点では不可能でしょう。

 配管の減肉現象は管理指針から予想されない環境因子の影響が支配しています。類似あるいは相似系の配管系統のデータから減肉速度が予想できないのであれば、1次系、2次系を問わず、すべての配管について肉厚を定期的に計測しなければならないでしょう。そうでなければ、この種の事故を防止することはできません。

 地震時には、減肉部に大きなひずみが生じますから疲労破壊が起きる可能性があります。配管の減肉が構造物の耐震性に及ぼす悪影響への配慮を怠れば、新たな配管破壊の危険性が生じるのではないでしょうか。事故が起きてから解析するのではなく、起きる前に解析しなければ事故を防止することはできないのです。

 結局、この事故は2次系配管の安全性が1次系に比べて重視されていないという以前からの指摘を無視した結果でしょう。原発に対する安全思想が徹底されていないという観点からすれば、単にメーカーや電力会社の責任だけでは済まない問題ではないでしょうか。原発においては、安全性と経済性を安易に天秤にかけてはならないと考えます。