粒子線基礎物性研究部門の森一広准教授らの論文が米国物理学会誌「Physical Review Applied」のEditors’ Suggestionに選出

2015年12月11日 更新

中性子散乱により固体電解質中のリチウムイオンの動きと伝導経路を解明
~将来の全固体リチウムイオン電池用固体電解質材料の開発に期待~

 

森一広 准教授、福永俊晴 教授(京都大学原子炉実験所)、柴田薫 研究副主幹、川北至信 中性子利用セクションサブリーダー(日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター物質・生命科学ディビジョン)、米村雅雄 特別准教授(高エネルギー加速器研究機構)らによる研究グループは、中性子散乱を利用して全固体リチウムイオン電池の固体電解質材料として有望なLi7P3S11準安定結晶のリチウムイオン伝導経路を解明し、リチウムイオンの動きを直接観測することに成功しました。

本研究成果は、2015年11月20日(米国時間)に、米国物理学会誌「Physical Review Applied」にオンラインで掲載され、同誌の「Editors’ Suggestion」に選出されました。

背景

リチウムイオン電池は現代社会の基礎を支える重要なキーテクノロジーの1つであり、その用途は携帯電話やノートパソコンのような小型機器から電気自動車(EV)や家庭用蓄電システムのような大型機器へと拡大しています。このような背景から、リチウムイオン電池の大容量化、高出力化および安全性の向上がより一層求められています。しかしながら、現在使用されているリチウムイオン電池は可燃性の有機電解液を用いており、発火や漏洩の危険性を常に孕んでいます。このような問題を解決する方法として、従来の有機電解液に代わって不燃性の無機物質(固体電解質)を用いた全固体リチウムイオン電池が検討されています。今回注目したLi7P3S11準安定結晶は、従来の有機電解液に匹敵するイオン伝導度をもつ有望な固体電解質材料として広く知られています。しかしながら、固体中をリチウムイオンが高速で移動できる現象(イオン伝導メカニズム)については、十分に理解されていませんでした。

研究手法・成果

中性子散乱は、熱・冷中性子がもつ波長(サブナノ〜ナノメートル)やエネルギー(数十ミリ電子ボルト)を利用することで、原子の配置(構造)や動き(ダイナミクス)を調べることができます。特に、軽元素(水素やリチウムなど)の観測に優れていることから、リチウムイオン電池や燃料電池などを対象とする次世代エネルギー材料研究の有効な測定プローブとして注目を集めています。

本研究では、京都大学原子炉実験所で試料を作製し、大強度陽子加速器施設/物質・生命科学実験施設(J–PARC/MLF)のダイナミクス解析装置(BL02 DNA)や高強度全散乱装置(BL21 NOVA)を用いてLi7P3S11準安定結晶中のリチウムイオン伝導経路を視覚化し、リチウムイオンの動きを直接観測しました。図(a)は、Li7P3S11準安定結晶中の原子配列と予想されるリチウムイオン伝導経路を示しています。この図は、中性子回折データ(および放射光X線回折データ)を用いた構造解析によって本系の原子配置を精度良く決定し、さらにBond Valence Sum解析(BVS解析)1–4)を行うことで得られました。図(a)より、リチウムイオン伝導経路内にはリチウムイオンが比較的安定に留まることができる領域(安定領域:橙色)とやや不安定な領域(準安定領域:青色)が存在することがわかりました。一方、リチウムイオンの動きを直接捉えるため、DNAダイナミクス解析装置を用いて中性子準弾性散乱実験を行いました。150 K(マイナス123℃)、297 K(24℃)および473 K(200℃)の中性子準弾性散乱スペクトルを図(b)に示します。473 K(200℃)において、中性子準弾性散乱スペクトルの裾部分に広がり(準弾性散乱成分)が見られます。これは、熱エネルギーを与えたことで、一部のリチウムイオンが固体中で動き始めたことを意味しています。解析の結果、リチウムイオンが平均0.43 nm(ナノメートル)で固体中をジャンプ移動していることがわかりました。このジャンプ距離は安定領域間の平均距離と良く一致しており、リチウムイオンは伝導経路内の安定領域間を高速でジャンプしながら移動していると考えられます。

 Li7P3S11準安定結晶中の原子配列と予想されるリチウムイオン伝導経路 中性子準弾性散乱スペクトルの温度変化の様子

図(a) Li7P3S11準安定結晶中の原子配列と予想されるリチウムイオン伝導経路。橙色の領域はリチウムイオンが比較的安定に留まることができる領域、青色の領域はやや不安定な領域に対応する。(b)中性子準弾性散乱スペクトルの温度変化の様子。473 K(200℃)において、中性子準弾性散乱スペクトルの裾部分に広がり(準弾性散乱成分)が観測できる。これは熱エネルギーを与えたことで、一部のリチウムイオンが固体中で動き始めたことを意味している。

[参考文献]
1. K. Mori, T. Ichida, K. Iwase, T. Otomo, S. Kohara, H. Arai, Y. Uchimoto, Z. Ogumi, Y. Onodera, T. Fukunaga, “Visualization of conduction pathways in lithium superionic conductors: Li2S–P2S5 glasses and Li7P3S11 glass-ceramic”, Chem. Phys. Lett., 584 (2013) 113–118.
2. K. Mori, S. Tomihira, K. Iwase, T. Fukunaga, “Visualization of conduction pathways in a lanthanum lithium titanate superionic conductor synthesized by rapid cooling”, Solid State Ionics, 268 (2014) 76–81.
3. 森一広,福永俊晴,小野寺陽平, “非晶質系リチウムイオン伝導体の構造とイオン伝導経路”, 日本中性子科学会誌「波紋」, 24 (2014) 267–272.
4. K. Mori, K. Furuta, Y. Onodera, K. Iwase, T. Fukunaga, “Three-dimensional structures and lithium-ion conduction pathways of (Li2S)x(GeS2)100–x superionic glasses”, Solid State Ionics, 280 (2015) 44–50.

波及効果

本研究の成果(手法)は、さまざまな固体電解質材料に利用することが可能です。今後さらに固体中でリチウムイオンが高速で動くことができる伝導空間(もしくは環境)を原子レベルで解明することで、より高品質な全固体リチウムイオン電池用固体電解質材料の開発が期待されます。

謝辞

本研究は、科学研究費助成事業(基盤研究(C))およびNEDO・革新型蓄電池先端科学基礎研究(RISING)事業により一部ご支援を頂きました。心よりお礼申し上げます。

書誌情報

[DOI] 10.1103/PhysRevApplied.4.054008
Kazuhiro Mori, Keigo Enjuji, Shun Murata, Kaoru Shibata, Yukinobu Kawakita, Masao Yonemura, Yohei Onodera and Toshiharu Fukunaga, “Direct Observation of Fast Lithium-Ion Diffusion in a Superionic Conductor: Li7P3S11 Metastable Crystal”, Physical Review Applied, 4 (2015) 054008.