講演要旨
ホウ素は植物にとって欠くことのできない栄養元素ですが、日本の場合、降水量が多いので土壌中のホウ素が溶け出しやすく、さまざまな農作物で『ホウ素欠乏症』が発生します。ホウ素を含む肥料を用いることで欠乏症を防ぐことができますが、過剰にホウ素をあたえてしまうと、今度は枯死したり実がつかなくなる『過剰症』が発生してしまいます。いずれの生育障害も、農作物の商品価値や生産性をきわめて低下させることから、科学的根拠に基づいた抜本的な対策が期待されていますが、有効な手だてが見出されていません。なぜなら、ホウ素には実用的な放射性同位体が存在しないため、『生長のどの段階で、どの組織にどれだけのホウ素が空間的に分布しているのか』、という情報をえるための追跡実験ができないからです。言いかえると、仮にそのような情報がえられれば、ホウ素の生理機能に関する包括的な理解が進み、農林業に大きく資することができるはずです。そこでわれわれは、がん治療にも応用されているホウ素中性子捕捉反応を利用して、植物組織内におけるホウ素の局在を精細に可視化し、ホウ素の栄養診断法の開発に取り組んでいます。
図1:ハツカダイコンを水耕栽培し、ホウ素欠乏症を実験的に再現した例
左側は、ホウ素を十分量含む通常の培地で栽培したもの、右側は、培地からホウ素を抜いて栽培し、強制的に欠乏症を引き起こしたものです。発育障害が起きると共に、外縁と中心部に色素(矢印)が蓄積していることがわかります。
図2:ハツカダイコンの根におけるホウ素の分布
左側が根の極薄の切片を顕微鏡観察したもので、右側がその切片におけるホウ素の分布を、ホウ素中性子捕捉反応を利用して可視化したものです。黒い点の集まっているところが、ホウ素の局在を示しています。
講演者略歴
木野内忠稔(きのうち ただとし)
1997年3月、東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻博士後期課程修了
1994年4月-1997年3月 東京大学分子細胞生物学研究所・生体超高分子分野にて 日本学術振興会特別研究員(DC1)
1997年4月-2004年9月、自治医科大学・第一生化学教室(現・生化学講座機能生化学部門)助手、講師
2004年10月-現職
研究テーマ:
・放射線による傷害タンパク質(D-アミノ酸含有タンパク質)に対する修復・防御機構の研究
・植物におけるホウ素診断法の開発
・汚染土壌からの放射性セシウムの溶出・吸着技術の開発