講演要旨

 

私は本年の1月に当研究所へ着任したばかりの新人ですが、年齢からすれば「環境放射能」という研究分野ではある意味「生きた化石」に近いかもしれません。そうした経験をもとに福島第一原発事故により環境に放出された放射性物質のひとつ―放射性セシウムに着目して、事故後の研究・調査でどのようなことがわかったのか、お話しします。みなさんの暮らしや健康を守るためには、放射性物質がどのような形態でどの経路を通り人体に届くのか調べ、その知見を活かすことが大切です。その手法として経路全体での濃度を調べたり、空気や海水だったり、ある決まった試料での放射性物質の濃度や量的な変化を長期に追跡します。図左に私の前職場で続けられた放射性物質の毎月の大気降下量(降雨や風による沈着)の記録を示します。大気圏核実験からチェルノブイリ事故、さらに2011年3月の原発事故までの大気での放射性物質の量的な変動を表すため、縦軸を対数(1、10、100、1000、…という目盛り)で描いています。また、放射性セシウムは単体では大気へ放出されず、ほかの物質と混ざっているのがふつうです。そのうえ、生態系に取り込まれてからも再度放出されたりもします。そのため、どんな形態で大気へ放出されているか(真ん中の写真・右側の写真)が興味の中心になります。こうした一連の研究では幾つもの新しい発見がありました。これらを今回の講演ではご紹介します。

 


(左側の図)90Sr、137sup>Csの1957~2014年の毎月の大気からの降下量(東京高円寺―茨城県つくば市)Igarashi et al. (2015)より。縦軸は対数(ミリ㏃/m2月) です。(真ん中の写真)つくば市で大気のフィルターに捕まった福島第一原発事故で放出された放射性セシウムを含むガラス状微粒子の電子顕微鏡写真 Adachi et al. (2013)より。(右側の写真)福島県内で大気のフィルターに捕まった生物起源粒子の光学顕微鏡写真。真菌類の胞子が多く見えます。真菌類はカリウムと誤認して放射性セシウムを濃縮します。真ん中と右側の写真は15倍程の大きさの違いがあることにご注意ください。

 

 

 

講演者略歴

 

五十嵐 康人(いがらし やすひと)
1987年筑波大学大学院博士課程化学研究科修了、理学博士 同年旧科学技術庁放射線医学総合研究所環境放射生態学研究部研究官
1991年旧運輸省(現国土交通省)気象庁気象研究所地球化学研究部研究官、
1994年同所同研究部主任研究官
2009年同所環境・応用気象研究部へ異動
2010年4月同部第四研究室長
2018年4月茨城大学理学部補助金研究員、同年9月筑波大学アイソトープ環境動態研究センター准教授・同大学数理物質系化学専攻准教授
2019年1月より京都大学複合原子力科学研究所教授・京都大学大学院農学研究科地域環境科学専攻教授、ならびに茨城大学理学部特命研究員

 

研究テーマ

研究分野をたびたび変えてきましたが、環境中の放射性物質は常に研究対象のひとつです。