加速器駆動未臨界炉

 加速器駆動未臨界炉(ADSR : Accelerator Driven Subcritical Reactor)とは、世界的に研究開発されている次世代の原子炉です。近年の加速器技術の発展に伴った、加速器と原子炉を組み合わせたハイブリットシステムで、加速器によって加速された高エネルギー陽子を鉛などのターゲットに照射し核破砕反応を起こします。その核破砕反応によって発生する高エネルギー中性子を未臨界体系に打ち込み、核分裂連鎖反応によって中性子を増倍するものです。現在の原子炉では、中性子の発生と消滅がつりあった臨界体系において核分裂連鎖反応を維持しています。しかし加速器駆動未臨界炉では、発生する中性子より消滅する中性子の方が多い未臨界体系であるため、それ自体では核分裂連鎖反応を維持することはできません。そこで外部の加速器中性子源が必要になります。加速器駆動未臨界炉の特徴としては、

などがあります。このように加速器駆動未臨界炉は燃料の増殖や核変換処理、エネルギーの増幅まで実現すれば、革新的なエネルギーシステムとして魅力的なものであります。しかし現在のところ、加速器駆動未臨界炉と呼ばれる原子炉は存在せず、基礎的な研究が行われている段階です。

加速器駆動未臨界炉の概念図

加速器駆動未臨界炉の概念図

 
 本研究室では、モンテカルロ法計算コードMVPやMCNP、決定論的手法を用いた計算コードSRACなどを用いて、数値シミュレーションを行い、さらに京都大学臨界集合体実験装置(KUCA)を用いて、実験を中心とした加速器駆動未臨界炉の炉心特性について調べています。また未臨界炉心における未臨界度(臨界状態からどのくらい離れているかを示す指標)のより正確な測定について研究しています。これまで未臨界度の測定については、原子炉を臨界に近接する過程での特性や、核燃料施設において臨界事故を防止する立場から、未臨界度の測定法などが検討されてきましたが、加速器駆動未臨界炉においては、より正確な未臨界度の測定が必要になります。加速器駆動未臨界炉の出力は1/( 1-keff )に比例します。ここでkeffは実効増倍率であり、ある世代の中性子数と、ひとつ前の世代の中性子数の比です。(もしk=1なら臨界、k<1なら未臨界、k>1なら超過臨界といいます。)例えば、keff =0.95において、±1%の誤差が含まれるとき、1/( 1-keff )は25( keff =0.96 )から17( keff =0.94 )までの不確かさをもつという具合で、より正確な未臨界度測定が必要になります。
 また加速器駆動未臨界炉においては、核破砕中性子を中性子源として用いることが考えられています。加速器駆動未臨界炉の維持や、核変換処理などには、多くの中性子が必要であり、現在最も多くの中性子を放出する原子核反応は、核破砕反応だと言われています。しかし核破砕反応で発生する中性子は高エネルギー中性子であり、20MeV以上の断面積が一部の核種しか分かっていないことなど多くの問題があります。よって高エネルギー中性子の扱いや、高エネルギー中性子が炉心特性に与える影響などを調べる必要があり、本研究室の研究テーマの一つです。

 これまで本研究室では、コッククロフト・ウォルトン型の付設加速とKUCA‐A架台を用いて加速器駆動未臨界炉の基礎実験を行っています。ここでは重水素イオンを加速し、トリチウムターゲットに衝突させることで発生する14MeVの中性子を未臨界炉心に打ち込んで実験を行っています。しかし2005年度からは、世界で初めてFFAG加速器(現在建設中)を用いて加速器駆動未臨界炉の基礎実験を行う予定です。ここでは150MeVの陽子ビームをタングステンなどのターゲットに照射することで発生する高エネルギー中性子を用いて実験を行います。
 
 なお現在は、FFAG加速器を導入した加速器駆動未臨界炉の基礎実験の準備段階として、予備解析等を行っています。これまではKUCAの解析にはMVPやMCNPを用いてきました。MVPやMCNPでは20MeVまでの中性子を扱うことはできますが、それ以上の高エネルギー中性子を扱うことはできません。そこでFFAG加速器を用いた基礎実験の予備解析では、150MeVまでの中性子を扱うことができるMCNPXを用いて解析を行います。例えば150MeVの陽子ビームを直径20cm、厚さ2cmのタングステンターゲットに照射したときに放出される中性子のスペクトルを下図に示します。このように20MeV以上の高エネルギー中性子が放出されることが分かります。



150MeVの陽子をWターゲットに照射したとき放出される中性子のスペクトル(MCNPXによる計算値)

 以下に加速器駆動未臨界炉の燃料として検討されているトリウムについて、また加速器駆動未臨界炉の利用において、勢力的に研究開発が行われている核変換処理について説明します。本研究室ではこれらの研究も行っています。

 トリウムサイクル

 現在世界で稼動している原子炉のほとんどは、天然の核分裂性物質であるU-235を含むウラン資源を用いており、ウラン‐プルトニウムサイクルに立脚しています。しかし熱中性子炉を発電の主流として使用する限り、ウラン資源もまた枯渇することになり、可採年数は約70年と言われています。この原子力の資源問題に関しては、高速増殖炉が期待されていました。高速中性子によって核分裂を起こす高速増殖炉では、核分裂によって発生する中性子が多く、また冷却材に中性子吸収の少ないナトリウムを使っているため、U-238が核分裂性核種Pu-239に変わる割合(転換比)が大きくなり、燃料の増殖が可能です。しかし1995年の高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏洩事故以来、高速増殖炉の開発は行き詰まり、不透明な状態になっています。このような状況の中で、核分裂エネルギー開発の初期の頃に注目されていたトリウムサイクルが再び注目を浴びるようになりました。トリウム(Th)は原子番号90の元素で実質的にTh-232だけからなる天然の放射性元素であり、その半減期は1.4×1010年です。また世界中に広く分布しており、その資源量はウランの3倍もあると推測されています。Th‐232は高エネルギーの中性子を用いないと核分裂を起こしませんが、下図のように中性子を捕獲してTh-233になります。


トリウムサイクル

 さらにTh-233はβ崩壊をしてPa-233になり、これがまたβ崩壊をしてU-233となります。このU-233が核分裂を起こすため核燃料となります。よってTh-232を原子炉用燃料として使うためにはTh-232をU-233に転換することが不可欠ということになります。以下にトリウム燃料サイクルの特徴をあげてみます。

現在KUCAではU-233燃料はありません。しかし将来U-233を購入して臨界実験を行いたいと考えています。ここでは反応度価値や、中性子束分布などの核特性を中性子スペクトルを系統的に変化させて測定等を行います。

 核変換処理

今日わが国では、原子力発電は総発電電力量の30%以上を担っています。しかし原子力は社会に容易に受け入れられない状況にあります。その理由の一つに使用済み燃料から出る高レベル放射性廃棄物(HLW:High Level Waste)の存在があります。HLWには大きく分けて核分裂生成物(FP:Fission Product)とマイナー・アクチニド(MA:Miner Actinide)があり、その中には非常に長い半減期をもつ物質が含まれています。この処理・処分の問題は原子力の利用を進めていくうえで解決しなくてはならない問題の一つです。現在ではLHWをガラス固化したあと、深地層に埋設する深地層処分が有力な方法と考えられています。そしてこの地層処分を補完する処理方法として核変換処理(いわゆる消滅処理)の研究が進められています。消滅処理とはHLWの消滅速度を人工的に早める方法で、原子炉や加速器を用いて、長半減期核種や放射能毒性の強い核種を短半減期核種や安定核種に核変換します。そして現在、加速器駆動未臨界炉の利用において、世界的に研究開発が行われています。

消滅処理の方法として現在大きく分けて二つの方法があります。一つは加速器を用いた消滅処理で、主にFPが対象になっています。核種としては、半減期の長いTc-99(半減期21万年)やI-129(1600万年)、及び廃棄物中の発熱源であるSr-90やCs-137があります。もう一つは原子炉を用いた消滅処理であり、対象となっているのはMAです。MAとはTRU(超ウラン元素)のうち、Puを除いたNp、Am、Cmなどです。TRUは原子炉の中でUの(n,γ)や(n,2n)反応で生成された核種のβ±崩壊などによって生成され、TRUの多くは、最初にα崩壊をし、そのあとα崩壊やβ±崩壊などを繰り返し、最終的には安定核種のBi-209、Pb-206、Pb-208などに到達します。この最初のα崩壊の半減期が非常に長く、原子炉を用いた消滅処理の主な対象となっており、具体的にはNp-237(半減期2.14×106年)、Am-241(432.2年)、Am-243(7380年)などが対象になっています。またHLWの放射能毒性の内訳を考えると、数百年経過したあとではMAの放射能毒性が支配的になり、MAの消滅処理による短半減期化が求められています。

MAの原子炉をもちいた消滅処理の原理は、大量の中性子が存在する原子炉中にMAを再び装荷し、中性子を吸収させて核変換させるもので、この過程には2種類あります。一つはMAは質量数が大きく核分裂可能な核種であるため、中性子を吸収し、核分裂により文字通り消滅させる過程です。もう一つの核変換過程は中性子を吸収して、γ線を放出する捕獲反応です。ほとんどのMAは捕獲断面積が熱中性子の領域でU-235の数倍と大きく、例えばNp-237は中性子を捕獲した後Np-238となり、β崩壊を経てPu-238、さらに中性子を捕獲してPu-239へと変換します。このように何段階かの捕獲反応の後に核分裂を起こす核分裂性核種(Pu-239、Pu-241、Am-242m)に変換され、核分裂により消滅するという過程です。

このように原子炉を用いた消滅処理を考えた場合、MAなどの中性子反応の核断面積を正確に知ることが重要になり、さまざまな研究者により測定されています。しかし実験値間でのばらつきが大きく、核データが不正確であると炉心計算の信頼性を低下させることになり、大きな問題です。

 核データを核設計などの計算に便利なようにファイルにまとめたのもを核データライブラリと呼び、主なものとしてにJENDL-3.2、-3.3(日本原子力研究所)、ENDF/B-VI(米ブルックヘブン国立研究所)、JEF-2.2(OECD/NEA)などがあります。しかしこれらのライブラリ間でも断面積に食い違いが見られる状況にあります。

 本研究室では軽水炉を用いた消滅処理研究の一端として、MAの核反応断面積の精度を評価することを目的としています。京都大学臨界集合体装置(KUCA)の固体減速架台(B架台)を用いて、軽水炉で存在しうる広範囲の中性子スペクトル場を減速材と燃料の体積比を系統的に変えることにより、つくり出すことができます。そして、例えばそのスペクトル場におけるNp-237/U-235、Am-241/U-235核分裂比などを実験的に求め、SRACなどの核計算コードを用いて得られた解析結果と実験値とを比較し、断面積の精度を評価しています。



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加速器駆動未臨界炉に関する基礎研究