第75回原子力安全問題ゼミ 1999年7月7日
原発の長期運転に伴う材料脆化の危険性
京都大学 正脇謙次

1 はじめに 

 資源エネルギー庁の要請により、2月8日付け「高経年化対策に関する報告書」が電力会社から提出され(以後、報告書と略称)、これにより、安全性を無視し、経済性を優先した原発の寿命延長への道が開けたとするならば、将来禍根を残す危険な報告書といわざるを得ない。特に、材料の経年劣化の問題に対して、破壊力学の適用によって長期にわたる原発の安全性を保証しうるという思想に大きな問題がある。

 過去、中性子照射による圧力容器の脆化ついて破壊力学の適用により運転が継続された例がある。これは18年間運転後、遷移温度の上昇によって、停止された原発(Chooz A 仏)が2年後、破壊力学の解析によりECCS注入温度と寿命末期に予想される遷移温度との差が50℃以内となる条件で安全性が保証され、運転が再開されたという事実がこの思想に先駆的な役割を果たしているようである。

 ここでは、破壊力学による安全性の解析が原発の長期的な安全性を保証しえるかどうか、その信頼性について検討する。

2 破壊力学による安全性の解析

2.1 破壊力学とは

 破壊力学の発展はガラスのような脆性材料の破壊モデル(グリフス クラックと呼称)に端を発しており、このモデルは亀裂進展に伴う内部エネルギーの変化(エネルギー解放率:新生面形成のために必要なエネルギー)を評価することにより、亀裂の安定性を論じる。簡単に表現すれば、構造物の内部に潜在する亀裂に外部から負荷が作用した時、その亀裂が進展するかあるいは停留するかを判断するのに用いられる力学といえる。負荷が小さな場合(線形破壊力学)、パラメータの数も比較的少なく、計算も容易であるが、負荷が大きくなると(非線形破壊力学:後述する応力拡大係数KIではなくJ積分が亀裂進展の条件)、パラメータの数も多くなり、取り扱いも複雑になるとともに、結果の信頼性も低下するという特徴がある。なお、圧力容器の場合を例に取ると、外部負荷としては内圧、残留応力、緊急冷却水の注入に伴う熱応力(圧力容器の厚さ方向に分布し、時間の関数)等が作用するので、熱弾性あるいは熱弾塑性問題である。

 このように、破壊力学の基本は亀裂が潜在することが前提となっている。

外部負荷によって、亀裂の先端領域に生じる応力は、平均応力よりも著しく高く、亀裂の形状、寸法及び先端からの距離に依存する。破壊力学では形状、寸法に依存する項と位置に依存する項を分離して、先端の応力状態を応力拡大係数で表現する。この値と実際に材料から求めた破壊靱性値、例えば、照射により脆化したサーベランス試験片を衝撃試験することによって得られる破壊靱性値とを比較して、亀裂の安定性を判断するという手法により安全性を評価するのである。すなわち、亀裂の発生を予測する力学でなく、亀裂の安定性の判断に用いる力学であって、亀裂が安定と判断されれば、部材は修復せずに継続使用される点から、原発の安全性はこの解析結果の信頼性に委ねられているといってよい。したがって、その適用について特に注意を要するのである。

亀裂の形状、寸法の正確な検出という技術的問題(3次元空間の亀裂の形状を検出する)に加えて、点検時の検出性能の劣るセンサーによる見落とし等から、間違った判断をくだすと、原発が危険な状態に陥る。亀裂の検出には、入念な点検作業が要求される。

 加圧熱衝撃の破壊力学の概念に基づく安全性の解析には、1)冷却水の注入による外部負荷の正確な評価と、2)その時点での材料の破壊靱性値の適切な評価を必要とする。前者は冷却に伴う材料内部の温度評価を行う必要があり、破壊力学は熱弾性(線形)あるいは熱弾塑性(非線形)問題となる。後者は、本来、実測される破壊靱性値でなければならないが、将来を予想するには、経年変化により予想される値を必然的に用いなければならない。果たして、長期照射による破壊靱性を正確に評価できるだろうか。

2.2 評価式による材料脆化の経年変化の予想

照射損傷による材料の脆化程度は、サーベランス試験片を衝撃試験することから求められる脆性遷移温度と上部棚エネルギーによって評価されるが(図1参照)、これらの値を材料の化学組成と照射量の二つのパラメータによって、統計的処理によって表現された評価式が幾つか提案され、今日、脆化の予想に用いられている。

なお、照射による材料の脆化に影響を与える元素として銅、ニッケル等数種導入されているが、特に銅の含有量の影響が顕著であるという理由から(照射時の銅原子の析出が脆化の原因であるという実験事実に基づく)、いずれの評価式にもその項が含まれている。例えば、我が国では、遷移温度を次式のように定めている。

RTNDT=T+T+ΔRTNDT   

ΔRTNDT=CF・FF

FF=F0.27

F:照射量(1・1019n/cmで規格化されている)、

TI:初期遷移温度、

TM :マ−ジン、

CF:銅の含有量(wt%)、ニッケルの含有量(wt%)等を化学組成含む定数

 脆化には、中性子の照射量のみならず、例えば、照射温度、中性子束、エネルギー分布等も、多かれ少なかれ影響を与える。しかし、サーベランスデータは、照射環境の異なる多くの原子炉から得られたもので、パラメータが統一されていないという欠点がある。したがって、すべての測定値が評価式から得られた曲線上に位置しない。換言すれば、原子炉はそれぞれ、固有の損傷過程を経ているので、統計的処理による評価式を直接適用しても、特定の原子炉の損傷程度を正確に予想されるという保証はない。すなわち、評価式は原子炉の設計時における未知の脆化の目安等に限定して利用されるべきものであろう。

 事実、上部エネルギーの変化は評価式から全く予想されない挙動のものがあり(図2参照)、この点、関電の報告書でも満足する評価式でないことを認めている。一言でいえば、予想はできないということである。

 次に重要なのは、サーベランスデータが圧力容器の脆化状態を正確に反映しているのかという問題である。もし、反映されていないとしたならば、将来ではなく、今の時点で原発の安全性が保証されていないことになる。この疑問は両者の照射環境が一致しないという点に基づく。すなわち、照射量の違い以外に、圧力容器には厚さ方向に温度分布が存在し、しかも外部負荷が作用しているが(引っ張り応力は原子の拡散を容易にする方向に作用するので、脆化の原因となる銅の析出が促進される。)、サーベランス試験片は均一加熱であり、外部負荷が作用していないという違いがある。特に、圧力容器の表面温度がサーベランス試験片の温度よりも低ければ、圧力容器の脆化がサーベランス試験片より明らかに進行している筈であり、それ故に、サーベランスデータからの安全評価は保守的でなくなる。

 上述の疑問点について、美浜1号炉の公表されている遷移温度の値から検討する。

図3は照射量と遷移温度の関係を示すもので、○印で示しているのは美浜1号炉について公表されている溶接部の遷移温度である。評価式では、照射量の項をF0.27(F:照射量を1・1019 n/cm で規格化されている)の関数で表現されているので、この値を用い、近似的に化学組成の項をまとめて、最小自乗法により最適な値を求めると、実線S=1.0として示す曲線が得られ、ほぼ、実測値の変化はこの曲線で近似される。なお、この曲線上に更に一点追加されると、評価式の信頼性は増す。

図3の曲線を例に取ると、照射量が6・1019(n/cm )に達すると、遷移温度が100℃となることを示唆している。しかし、前述したように、照射温度は脆化に対して敏感な因子であって、サーベランス試験片よりも圧力容器の温度が低ければ、遷移温度は、より高温側に移行する。特に300℃付近は照射損傷の回復速度が急速に増す温度領域であることから(図4参照)、サーベランス試験片の結果を破壊力学に直接用いることは危険である。

図中の数種の実線は曲線(S=1.0)に、係数Sを乗じたもので、S=1.0以下の実線は圧力容器の温度がサーベランス試験片よりも温度が高い場合、また、S=1.0以上の実線はサーベランス試験片よりも低い場合の遷移温度の変化を示している。美浜1号炉では、補正程度をどのようにとるか定かではないが、図4を参考にして、S=1.2の曲線を採用すると、実測値(A点)は補正されてC点に移動するので、既に遷移温度は90℃を越す状態となる。しかし、圧力容器の照射量がサーベランス試験片の照射量よりも小さいという指摘に対して、これを考慮すると、図中のA点からB点へ平行に移行したときの照射量が圧力容器の照射量よりも低くない限り、遷移温度は実測値(A点)より必然的に高くなる。また、上部棚エネルギーの変化は、一般に、遷移温度と同様の温度特性を示す傾向にあるので(図5参照)、予想値を補正しなければならないが(上部棚エネルギーの値は公表されていないようである)、このエネルギーの評価式の信頼性は遷移温度に対する評価式よりも劣るので(図2参照)、前述したように、先を予想するなどとうてい不可能である。この点について、美浜1号炉に関する報告書では、「なお、上部棚領域の靱性の評価手法について、・・・・・精度向上の観点から国内の評価技術の整備を行っていく必要がある」という表現で、電力会社はその信頼性に疑問がある点を認めているのである。

2.3 加圧熱衝撃

 ECCS(緊急炉心冷却システム)が作動したとき、加圧熱衝撃による圧力容器の安全性の評価には、前述したように冷却速度等、材料内部の温度分布に影響を与える因子を正確に反映されねばならない。

過去、圧力容器の加圧熱衝撃について破壊力学によるシュミレーションが電中研の報告書に発表されている(図6参照)。そこには、厳しい条件(冷却速度が大きい場合等)を課したときだけ応力拡大係数KIと破壊靱性値KIC(ASME:米国の評価式)が接近すると述べている。すなわち、冷却時には、時間の経過とともに各値は高温側から低温側に変化し、150℃付近で両者が接近する。もし、破壊靭性値KICよりも応力拡大係数KIが大きくなれば、圧力容器に脆性破壊が起きることになる。なお、JEAC(我が国の評価)では、安全側にあり、一般には、圧力容器の安全性は確保されているかのごとく記述されている。いずれの評価式が正しいかは判断しかねるが、もし、この手法が正当な安全解析とするならば、美浜1号については、同図の曲線KICの代わりに、サーベイランスデータから評価した破壊靭性値を用いて同様の解析を行なわなければならない。しかし、今日、上部棚エネルギーの評価式に信頼性がない以上、10年先の値を予想する事はできず、破壊力学から将来の安全性について保証されえないのである。何らかの仮定により、安全性についての解析結果が得られたのならば、速やかに解析条件等の詳細を公表すべきである。

 このように、安全性の検討には、材料脆化が予想以上に進行しているかも知れないことを考慮し、さらに、原子炉固有の構造による熱応力、あるいは外部負荷等の適切な条件を用いて、冷水注入時における応力拡大係数の時間的変化とその時点での正確な破壊靱性値を用いた解析を特に必要とする。

 また、圧力容器の製作時(塑性加工時)に、金属組織に異方性が導入されて、これに伴い脆化に方向依存性が生じることが知られている。このことを考慮すれば、切り欠き方向の異なる2種類のサーベランス試験片を準備しなければならないことになる。そして、脆化が著しい方向の破壊靱性値を安全保持のために採用すべきであるが、果たして実施されているのだろうか、不明である。

 以上のように、現在、長期照射による材質の劣化状態を予想する評価式と、破壊力学を適用するだけの正確なサーベランスデータが蓄積されていないのではないかという幾つかの疑問点を指摘した。寿命延長に対する安全性の評価に対して、通り一辺倒の報告書だけでなく、詳細な解析結果が速やかに公表されねばならない。

3.応力腐食及び高サイクル疲労破壊に対する評価

経年変化として、一定負荷あるいは繰り返し負荷が作用したときに、起きる破壊現象に応力腐食割れと高サイクル疲労破壊が知られている。応力腐食割れは蒸気発生器の細管からの冷却水の漏れという現象で知られており、また後者は美浜2号炉の細管疲労破断という事故でよく知られている。

 報告書によると、破壊力学から疲労破壊を評価したことになっているが、変動負荷をどのように評価したのかという最も重要な点が記述されていない。疲労破壊は予期しない箇所において大きな負荷が作用して破壊するのであるから、この値は予想しえないのである。単に、外部負荷は想定した値であり、部材としてその負荷による共振状態を避けるように設計されているはずだが、部材の集合体である構造物には、施工時に予期しない複合負荷(残留応力等)が導入されたり、また、美浜2号の細管破断の例でも分かるように、予想など厳密にはできないような外部負荷(流体力等)の作用もある。

 破壊力学による疲労破壊の解析には、複合負荷と照射環境の下で、応力拡大係数と亀裂伝播速度の関係を実験的に評価しなければならない。照射後の疲労試験は可能であるが、照射中とは格子欠陥の挙動に本質的な違いがある。しかし、実環境の下で、変形温度、変形速度、負荷の振幅等の各種パラメータを採用した実験は不可能に近く、実験室でテストピースを疲労するような訳にはいかない。結局、原発の安全性は、唯一、点検時の亀裂の検出という点に委ねられている。

更に、応力腐食による亀裂の進行を予想する評価式が存在しない。ひとえに、水中の残留酸素量の軽減と、耐食性のある材質を用いて防止する以外に方法はない。しかし、最も耐食性がある金属で製作された細管であるにも関わらず、高浜4号の蒸気発生器細管に高温側管板との取り付け部で応力腐食割れが発見されている。応力腐食割れと称しても具体的に作用している応力の測定値は公表されていない。亀裂が発生すれば応力は解放されるから、当然、発生以前、すなわち、製作時の値であるが、管の寸法形状や取り付け箇所等の制限された条件の下で、残留応力の非破壊的測定は必ずしも容易ではない。すなわち、応力腐食割れであろうという定性的表現で終止し、具体的な応力が評価されていないのである。このような状況では、長期運転の安全性を確認したなどとは到底いえるものではない。結局、細管の安全性は素材が延性に富んでいるので、亀裂が発生しても高速で伝播しないという安心感から、冷却水の漏れという事実が皮肉にも安全性を保持しているのが実状であろう。換言すれば、配管の破断前漏洩(Leak Before Break)の検出による安全思想が優先している。もしも、照射損傷を受けて、脆化した部材に応力腐食割れが起きる、すなわち、照射誘起応力腐食割れ(中性子照射により導入された多量の原子空孔による原子の拡散作用の促進により、結晶粒界およびその近傍のクロム濃度等の低下により、耐食性が低下して粒界に亀裂が生じる考えられている)の場合には、このような安易な安全思想は通用しない。評価式とそれが安全性を保証しえるという実験的事実を掲示しなければ、報告書は全く観念的な安全保証となろう。

BWRの内部構造物であるシュラウド(炉心槽)等では、1)熱疲労、2)粒界応力腐食割れが特に懸念されているが、疲労破壊に破壊力学を適用しようとすると、前述したように、亀裂伝播速度を実験的に評価しておかなければならない。しかし、現状では、破壊力学に基づく亀裂伝播に関する安全性の解析を行うのは、現実に無理であり、破断に至るまでの寿命を予想することなどできないのである。これらが原因で我が国の原子炉に事故が起きないという保証は全くない。

 以上のように、原子炉の長期運転に対して解決しなければならない問題が山積されているのである。

4.おわりに

 固有の運転環境にある原発のそれぞれの長期運転に伴う材料の劣化を予想する評価式が確立されてない現在、安全性が維持されるという保証はどこにも見いだせない。将来の技術的発展に期待するふしがあるが、おいそれと言葉通りに解決できないことは、例えば、長期にわたる類似の事故の繰り返し、あるいは、耐食性が優れている最新の材料においても早期に亀裂が発生しているという事実(高浜4号蒸気発生器の細管)からも窺えよう。

 実験により脆化の原因を確かめることは、有益ではあるに違いないが、現象を予想するためのモデルの構築と、評価式の確立はそれほど容易なことではない。研究者なら日頃、痛切に感じるところであろう。

これらの問題を解決せずして、原発の安全性を将来の技術の進歩にゆだねるという考えは、原発の安全管理面からみて納得されるものではない。寿命延長の問題は、シビアアクシデントを想定した、高度な安全性維持の技術を確立した時点で議論するのが妥当ではないだろうか。経済性のみで簡単に取り扱ってよい問題ではないだろう。

 

参考資料

1.電力中央研究所研究報告 T91014(1991)

2.軽水炉圧力容器鋼材の照射脆化研究と寿命評価(原子力学会、1992)

3.経年変化と熱流動(原子力学会、1997)

4.高経年化対策に関する報告書(美浜1号 関西電力)

5.高経年化対策に関する報告書(敦賀1号 日本原子力発電)

6.高経年化対策に関する報告書(福島1号 東京電力)