被害をさらに拡大する原子力防災新法は不必要

 

山本定明

・本稿は「週刊金曜日」1999年12月3日(No.294号)に掲載された
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東海村臨界事故の検証が終わらないまま、原子力防災に関する新法が成立しようとしている。この法案には事故を未然に防ぐという視点が欠落し、また従来の災害対策との矛盾を引き起こす危険性がある。


 

 国会(衆議院)は一一月二五日、政府提出の「原子力災害対策特別措置法案(以下、防災新法案)」を一部修正し、原子炉等規制法改正案とともに、反対や批判がほとんどないままに可決した。あまりにも拙速な進行に驚かざるを得ない。
 九月三〇日に発生したJCO(ジェー・シー・オー)東海事業所の臨界事故に驚き、初めて出された退避と避難の要請に接して、何らかの対策が必要なのだとの思いは多くの人々にあるだろう。しかしなぜこの法が必要であり、どんな点において有効であるかはほとんど議論されていない。
 

有害無益な防災新法案

 この法案を私が問題にする理由は、災害対策基本法(以下、災対法)がすでに存在し、原子力災害に対応するためには、この災対法に部分的な補強をすることで十分に可能であるからだ。
 災対法は、基礎自治体である市町村の責務と権限を明確に定めている。その六〇条において、市町村長が住民に避難の勧告・指示をするとしている。それに対して、防災新法案では事業者からの通報によって総理大臣がが緊急事態宣言を出し、避難の勧告・指示をすることになっている。ここに災対法と防災新法案との間に矛盾が生じる。
 なぜこれが議論にならなかったのだろうか。衆議院は国の法体制に矛盾を持ち込む防災新法案をあまりにも短い時間で可決した。
 災対法と防災新法案が並立している状況で事故が起きた場合を考えてみよう。原子力施設で事故が起き、住民に放射線被曝の被害が即座に出たとする。市町村はすぐにそれに対応しなければならない。住民に避難をするように指示したとする。
 国がその段階で対策本部を立ち上げることは難しい。総理大臣を長として、関係大臣や関係機関の職員で構成する国の対策本部が立ち上がるまでには、それなりの時間がかかるであろう。
 すでに市町村が対応している時に国の方針が定まり緊急事態宣言が出され、住民への対応が決定したとして、それが市町村の対応と食い違う時には、国の方針が優先されることになる。住民は、まず市町村の指示で動き、その後に国の指示で動くことを要請される。
 これは混乱した状況を生む、きわめてまずい対応である。しかし、すでに出されている市町村の対応に国が従うというのであれば、防災新法は必要ないということになる。
 さらに気がかりなのは、国がどのような勧告・指示を出すかを心配して、市町村が国の動きを待つことになる点である。こうなれば明らかに対応が遅れ、放射線被曝が大きくなる可能性が想像できる。防災新法案は有害無益なのである。
 災対法の第三節には非常災害対策本部(二四条から二八条)の規定がある。これでは不十分だという説明もないままに防災新法を可決した衆議院は、具体的に原子力事故を検討していないことを自ら示した。
 

専門能力の不足を補う政策がなかった

 防災新法案がこのように短時間の間に衆議院で可決されるという事態の基盤には、長年にわたって原子力施設が立地している自治体が、一元的な責任での原子力事故への対応を国に求めてきたということがある。今回の事故後にもその要求が出されている。そして国は、自治体の専門能力の不足を認めて、それをカバーするために防災新法案を提出したと表面的には理解できる。しかし、この専門能力不足ということにはきわめて重大な問題がある。
 第一に、自治体に専門能力が不足しているということは確かに事実であるが、国はそれをカバーする政策を行なってきていない。また、自治体がそれを克服する努力目標をかかげて行政を行なってきたわけでもない。国は国策として原子力推進を行ないながら、事故対応の検討はほとんどしないという怠慢あるいは無責任体制を続行してきた。
 一方、自治体は電源三法(電源開発促進税法・電源開発促進対策特別会計法・発電用施設周辺地域整備法)にもとづいた電源立地促進対策交付金などによって豊かな財源を持ちながら、専門能力の充足には目を向けてこなかった。これも怠慢と無責任さをさらけ出している。もっとも、自治体については、交付金の財源の使途があまりにも細かく規定されすぎているという弁解の余地がある。これは国の責任にもなるが、自治体が積極的に動かなかったという事実は消せない。必要なことは、専門能力が不足というのなら、それを育成する、あるいはカバーする政策の実施である。それが皆無であった。
 

安全神話によりかかり事故の研究が不足した

 第二に、より根底的な問題であるが、原子力事故をどのような視点から検討するかについて、きわめて不十分だったことである。原子力施設を稼働させるのなら、事故対応の検討は欠かせない。
 ところがJCO東海事業所については、安全審査基本指針の一〇と一一(臨界事故を起こさない設計であること)を満たしているからという理由で、指針一二(事故対応)を検討していなかったことが今回の事故で明らかになった。
 このことからも推測できるように、重大な事故などあり得ないという、いわゆる安全神話によりかかったままに原子力事業は推進されてきたのである。これこれの安全設計がしてあり、したがって事故はあり得ない、というのが原子力推進の論理であった。設計上あり得ないはずの事態が起きるのが事故なのだという発想が欠け落ちていた。
 原子力事業においてはシビアアクシデント(安全設計の想定する基準を大幅に超える事態)の研究が不足し、核燃料物質における臨界事故の可能性の検討が抜け落ちていた。
 原子力の事故にどのようなものがありうるのか、という問題は自治体には荷が重すぎる。原子力事業を国策として推進してきた国が責任をもって対処すべき問題である。これこそが緊急に必要なことで、防災新法案などはまったく不要である。
 防災新法案であろうと何であろうと、法律を作ってみても、住民の安全を守る具体的な方法が確立していなければ、現実には役立たない。その状況が続いていることを見れば、防災新法が成立しても住民の安全が図られることは期待できない。災対法に頼ってみても、それは同じである。住民の安全確保を保障するシステムがないからである。

 

原子力災害対策のための具体的提案

 原子力施設の災害対策のためには、少なくとも以下の機関が必要である(下段参照)。
 第一は、自治体の専門能力をカバーする機関としての緊急時センターである。防災新法案で提案されているオフサイトセンターの機能をより拡大して、日常的な原子力施設の監視まで含めた機能をもつ。今回の事故によっても、現地対策本部が設置されるまでの時間がどれほどかかるかを検討しておく必要性が明らかになったからである。また、監視体制を十分に機能させておけば、かなりの事故を予想できる可能性がある。
 この緊急時センターを設置しておき、事故発生の可能性を予測したら即座に基礎自治体である市町村に対応行動をうながし、それとともに現地対策本部設置の活動を開始するという発想が必要であろう。
 二つには、緊急時センターが活用するための原子力事故データを整備してデータベース化しておく事故調査委員会である。
 これは、すでに存在し活動している航空事故調査委員会がモデルになる。事故が一応の収束をみれば、この委員会が事故の解明調査を行なう。事故での各機関の対応への評価も含まざるを得ないため、この委員会は第三者的な独立機関で行なわれる必要がある。やむを得ない理由があって、ほかの機関が調査を行なう場合であっても、この委員会の立ち会いと承認を必要とする。
 ここで整備する想定データは初発原因となる運転状態の異常から放射性物質の放出に至る経緯、すなわち事故シーケンス(事故の流れ)が具体的に想定されている必要がある。それも一つの代表例だけでは不十分で、いくつもの事故シーケンスが検討されていなければならない。
 原子力防災にとって最も必要なデータは、放射性物質放出に至るまでの時間と、放出される放射性物質の量である。これらは事故シーケンスごとに異なっているので、取り上げるべき事故シーケンスごとの防災訓練が必要となる。防災新法が成立しても、具体的なシーケンスが利用できないというのでは、話にならない。現実の原子力防災体制が著しく具体性を欠くのはこのようなデータベースの整備がないところに原因がある。法を作るよりも、具体的事故データの整備が優先されるべきである。このデータは安全審査においても有効に活用できるものでもあり、国の責任で行なうべきことである。
 第三は、原子力安全委員会を米国のNRC(原子力規制委員会)のような原子力安全規制の独立実務機関にすることである。当然、事故発生となれば、この委員会が先頭に立って事故対応にあたることになる。今のままでは活動が不十分になってしまうことは、今回の事故で明らかになっている。
 そこで、防災新法案でいう政府の対策本部とは異なり、事故に対して常時スタンバイしているまったく新しい機関として改組する。また、当然にこの委員会は原子力安全規制を担う中心組織であり、原子力関連施設の安全審査などを行なう。
 しかし、防災新法案では安全委員会が機能する場が見あたらない。わずかに緊急事態の宣言解除の際に意見を求められるにとどまっている。政府自身が政府機関をほとんど無視しているのは、実に奇妙である。
 これらを組み合わせたシステムがなければ、住民の安全は保障されない。今国会ではこのことを中心に据えた議論こそがなされなければならない。防災新法案は、発生してしまった事故への対応を前提にしたものであって事故を未然に防ぐという発想を持っていない。また実際の事故においても、明らかに対応できない点がある。
 臨界事故の解明が終わっていない時期にこのような新法の成立を企てるのはあまりにも拙速である。まず事故の解明に全力を尽くして安全規制全般の問題点を検討し、その作業によって明らかになったことを原子力防災体制に反映させるべきである。
 参議院よ、どうする。立法府としての責任を果たすことを期待したい。

 


 

緊急時センター

 常設の独立機関。原子力施設の運転状況を常時監視し、異常があればそれが事故へと展開する可能性をチェックする。事故に至る可能性があれば、基礎自治体へ対応行動を勧告する。都道府県や国へも通報する。
 事故発生時には自治体災害本部を設置する場とし、データの提供と技術上の支援を行なう。事故影響が広範にわたり深刻なものになれば、あるいはその予想があれば、基礎自治体や都道府県や国の機関の協同で現地対策本部を置く場とする。
 日常の業務としては、原子力運転状況の常時監視とともに周辺環境のモニタリングを行なう。また自治体職員の教育訓練や住民への知識の普及などを行なう。原子力防災訓練はこれらの一環として行ない、防災訓練で想定する各種の想定事故シーケンスを提供する。
 これらの活動の基盤となる資料・データを事故調査委員会から受ける。

 

事故調査委員会

 常設の第三者的独立機関。事故調査の優先権をもつ。他機関の調査はここの承認あるいは立ち会いが必要。事故当事者・都道府県・基礎自治体などへの事故調査のための資料・データなどの提出命令などの指示の権限を持つ。事故調査の結果は国会への報告を基本とし、原子力安全委員会や緊急時センターや当事者自治体へも報告。他からも要請があれば、原則公開。結果の報告には改善点の指摘や改善指示の勧告を含む。事故調査の結果はこの委員会が整備する事故データベースに付加し、事故対応策のモデル化を図る。このモデルは基礎自治体・都道府県・原子力安全委員会などへ提供する。また、要請に応じて原則公開。

 

原子力安全委員会

 自前の強力な事務局をもつ実務機関へ変更し、原子力安全規制を担う。その内容は原子力施設の許認可と停止/廃止や事業者に対して運転状況のチェック(報告要求と立入検査など)と改善指示の権限をもつ。また、法律・規則への違反に対する罰則の適用権限をもつ。事故発生に際しては、事故の一応の終息までの国の対応の中心組織になる。他省庁の原子力政策への勧告(修正/停止など、あるいは省庁間の調整など)の権限をもつ。また原子力防災について、自治体や緊急時センターへの報告要求と改良指示の権限をもつ。事故調査委員会への資料・データの提供を要求する権限をもつ。事故調査委員会の勧告とこれに基づく自治体の要求を尊重する義務をもつ。また、原子力施設の許認可/運転再開/停止・廃止においては当事者である基礎自治体の意向にしたがう義務をもつ。(作成/山本定明)