強震動予測の現状と今後の課題

 

2001年8月9日

京都大学原子炉実験所    釜江克宏




 
 
1.  はじめに
 
 阪神大震災以後、構造物の設計に断層モデルに基づくサイト固有の入力地震動が用いられるようになった。こうした方法は既に原子力発電所や高層建築物の設計に採用されており、地震動が震源特性、伝播経路特性、サイト特性によって決定されることを考えると、合理的な方法と言える。 特に兵庫県南部地震は地域ごとにこれら3つの特性把握が非常に重要であることを観測事実として新ためて我々に示した。同時に都市直下で発生する地震のパワーとその特徴的な波動が地震学者や地震工学者に与えた衝撃は計りしれない。

 この地震により、世間には活断層という言葉が、また研究者や技術者にはキラーパルスという言葉が2つの大きなキーワードとして駆け回り、国や地方公共団体などでも活断層からの直下地震を想定した地震防災計画の見直しが進められている。

 また建築設計の立場からもこれまでの仕様設計から性能設計への移行が進められており、実用的な強震動予測の必要性が高まってきている。活断層に関しては科学技術庁主導により、地震危険度評価を目的とした全国の活断層調査が精力的に進められ、また地方公共団体でも地域の地震防災計画の策定を目的として科学技術庁の協力を得て同様の調査が実施されている。大阪府では全国に先駆けて活断層を想定した強震動予測と、それに基づく土木施設の耐震強化に取り組んでいる。

 ここでは、現状での強震動予測手法を概観し、活断層(想定断層)に対する実用的な強震動予測をいかに行うべきか、また今後の課題としてどのような情報が必要であるかなどについて簡単に述べたい。
 

2.  これまでの強震動予測
 
 強震動予測と言う言葉を拡張して考えると、工学の分野でよく使われる金井式に始まる地震動の最大振幅値の距離減衰式や数多く提案されているスペクトル(応答スペクトル)の回帰式もその一つである。これらの経験式(継続時間や振幅包絡形なども含んで)は過去の地震の観測記録に基づいて抽出されたものであり、地震動の平均的な特性を反映したものであるとともに、得られた結果はもちろん使用したデータに依存する。

 地震と言う現象が有限な領域での破壊現象であり、点震源を仮定したこれらの経験式に適用限界が存在することは明白である。もちろん回帰方法の改良や物理的に意味のあるパラメータを導入するなどして距離減衰式の延命策も講じられている。既存の距離減衰式が兵庫県南部地震の震源近傍域での観測記録も説明できることも示されており、簡単に最大値が評価できる意味では工学的には有効であろう。

 一方、地震学の分野では断層モデルに基づき決定論的に地震動を評価する試みがAki(1968)によりなされて以来、震源の物理や伝播媒質での波動場の問題として捉えられるようになり、現在盛んに行われている震源インバージョン(例えばSekiguchi et al.,1998)や波形シミュレーション(例えばIwata et al.,1998)へと発展してきた。

 工学の分野で断層モデルの概念を取り入れた先駆的な研究として翠川・小林の方法がある。この方法は短周期成分も含めて評価できるため、工学の分野に幅広く受け入れられ、原子力を始め防災対策のための地震危険度評価にも利用されてきた。ただし、包絡形の足し合わせに対する物理的な意味など問題点も指摘されている。

 そこで登場したのが地震学の分野で提案された経験的グリーン関数法である。この方法の先駆的な研究はHartzell(1978)であり、その後数多くの研究者により改善され、現在では設計用入力地震動の評価にも使われている。

 理論的なグリーン関数の計算は計算機の容量の問題や、構造のモデル化の問題で長周期(1秒以上)領域に限られていた。そこで、理論的にグリーン関数を計算する代わりに観測された地震記録を経験的なグリーン関数として使うというのがこの方法の原点であり、そうすることによって伝播媒質での波動伝播特性やローカルなサイト特性を別途評価せずに強震動が評価できるという利点がある。

 日本でもIrikura(1986)をはじめ、Takemura and Ikeura(1988), Dan et al.(1989)などが提案されており、工学的実用化に向けた研究(釜江・他,1991など)も行われている。以上簡単に述べた強震動予測に関する詳細はそれぞれの文献や建築学会から刊行されている英語バージョン(Earthquake motion and ground conditions)を参照されたい。
 

3.  活断層を考慮した強震動予測(最新の地震学、地震工学の成果を生かして)
   冒頭でも述べたように、都市直下で発生する活断層を発生源とする地震に対していかに精度高く強震動を予測するかが都市防災や安全な構造物を設計する上で急務である。ここではそうした強震動予測を実現させるために何が必要か、またどういった手法が考えられるかを主として我々(京大防災研究所:入倉孝次郎教授など)が行っている研究に基づき簡単に紹介する (入倉・他,1998)。
3.1.  強震動予測のための調査
   想定される断層からの強震動を予測するためには、まず将来地震を引き起こす可能性のある活断層を特定し、震源モデルを構築するための活断層調査 が必要である。兵庫県南部地震以後、国や地方公共団体では精力的に調査を実施しており、地震危険度の判定や地質学的な観点からの震源モデル構築へ向けた資料なども集積されつつある。

 断層モデルを用いた強震動予測を行う上で震源モデルとして必要な幾何学的な情報は、断層の長さ及び幅、断層の走向、傾斜角である。長さや走向については、地質、地形、地理学的調査(活断層調査)結果をもとに推定可能であり、傾斜角については反射法探査による地下構造断面から推定される。内陸の地震に関しては断層面の深さ(seismogenic zone)や浅さ(微小地震が1?2kmより浅い所で発生していない)に限界があり、従って断層幅についても推定できる可能性がある。

 反射法探査などによる地下構造断面(3次元的なものも必要な場合もある)は震源からの波動場を理論的に評価することにおいても必要な情報である。こうした調査に加えて地震観測も必要であろう。地震観測による良質な記録は強震動予測手法の一つである経験的グリーン関数法の適用への道を開くとともに、波動場のシミュレーションの妥当性やサイトの局所的な震動特性を検討する貴重な資料となるであろう。
 

3.2.  震源(不均質)モデルの評価
    これまでの研究ではマグニチュードが6を超えるような内陸地震の場合、断層面での破壊は一様ではなく、アスペリティと呼ばれる滑り量の大きい場所が存在する不均質な破壊過程を示すことが震源インバージョン解析により示されている。こうしたアスペリティの位置や大きさなどをいかに推定するかが結果として得られる強震動に大きく影響し、直接結果(強震動)を工学に適用するにはモデル化と結果についてのさらなる議論が必要となろう。

 現時点では決定論的にそうした不均質震源モデルを評価することは不可能であり、過去の地震の情報から統計的に推定することも一つの方法として考えられる。最近、その先駆的な研究としてSomerville et al. (1998,1999)がある。彼らは主としてアメリカで発生した内陸地震(もちろん兵庫県南部地震も含まれる)のインバージョン解析結果を基に、アスペリティの特性を統計的に抽出した。

 詳細は関連論文に譲るとして、重要な結果の一つは、全体のアスペリティの面積(一つの地震に複数のアスペリティが存在する)やアスペリティの中の最も大きなものの面積が地震モーメントによってスケーリングされることである。この経験的特性は最近の大地震(トルコ:コジャエリ地震、台湾:集集地震)や国内で発生した中、大地震(鹿児島県西部地震、鳥取県西部地震など)にも適用可能であることが示されている。この事は想定される地震の地震モーメントが評価されれば、アスペリティの特性が推定できることを示している。

 彼らはまた、すべり分布から2次元波数スペクトルを求め、アスペリティモデルの構築を試みている。また、最近の活断層研究からも不均質震源モデル(断層のセグメンテーション)や破壊開始点の評価につながる成果が報告されており(中田,1998など)、よりいっそうの発展が望まれる。
 

3.3.  高精度強震動予測手法
   現時点において最も有効な強震動予測手法の一つは前述した経験的グリーン関数法であろう。理論的なグリーン関数の計算が長周期領域に限られる現在では、広い帯域で精度を持つ観測記録を使った合成がsite specific な強震動を評価する上で最も有効である。

 この方法は断層モデルに基づいているため、断層面での破壊伝播も考慮でき、兵庫県南部地震の震源近傍での強震動の特徴であるDirectivity効果によるパルス波の評価も可能である。しかし、実用に供しようとした場合、対象としたサイトでの適切な観測記録が存在することが必須条件となる。

 適切という意味は、合成結果の広帯域での精度を目指した場合、記録そのものが広帯域で精度を持つこと(一般には加速度計によって観測された小さな地震記録では長周期領域での精度が悪い)、また観測地震のメカニズムが予測しようとしている大地震のそれと似ていること(震源放射特性の違いは長周期成分に影響:観測事実としては短周期成分ではあまり震源放射特性の影響は出ない)などである。

 もちろんpathの影響が想定される場合は、用いる地震の震源は大地震の震源域内にあることが必要となる。このように経験的グリーン関数法は記録を使うことに大きなメリットがある反面、工学的な応用を考えた場合にはそれはデメリットとなる。そこで、釜江・他(1991)では観測記録の代わりに統計的なシミュレーション波形を用いることを提案した。

 この統計的シミュレーション波形はBoore(1983)に代表される方法であり、特に彼の方法はオメガ2乗を満足する震源スペクトルに基づいており、地震学的にも物理的意味を持つ。ただし、評価される地震動は実体波のみが対象であり、複雑な波動場での広帯域地震動の評価はできない。

 最近、この方法を使った合成方法が種々改良され、上下動成分の評価なども行われているが、複雑な地下構造での波動伝播などを考慮した強震動予測に適用することはできない。そこで、Kamae et al.(1998)は観測記録がない場合でも広帯域地震動が評価できる方法を提案した。

 この方法では表面波や複雑な波動場から発生する地震動をすべて含んだ強震動が評価可能であり、現在最も有効な方法であろう。もちろん、精度が上がると言うことと、計算が複雑になる(パラメータが増える)こととは表裏一体であり、この方法を使うためにはより多くの情報を必要とすることは避けられない事実である。

 ここでは簡単にこの方法を紹介する。詳しくは文献を参照されたい。我々はこの方法をハイブリッドグリーン関数法と呼んでおり、簡単に言えば記録の代わりに理論的なグリーン関数(長周期成分)と統計的なグリーン関数(短周期成分)をそれぞれ評価し、それらを足し合わせることによってハイブリッドグリーン関数を評価し、大地震からの強震動を想定される断層破壊に従ってEGF法と同じ手続きで合成する方法である。

 理論的なグリーン関数は最近の計算機の発達に伴い、種々の計算コードが開発され計算可能となっている。兵庫県南部地震の波形シミュレーションにも3次元計算が種々行われており、複雑な波動場の理解が高まりつつある。現在では結果の精度は用いる深部構造も含めた地下構造モデルに依存し、今後いろんなサイトで地下構造探査が実施され、データが提供されることを期待したい。

 一方、短周期成分は前述の統計的シミュレーション波形が使われるが、サイトの表層地盤での伝達特性が考慮されなければならない。こうしたハイブリッドな考え方は広帯域での強震動を予測する手法としてはごく自然な考え方であり、既にアメリカではいくつかの方法も提案されており、今後実用的な方法として定着することを期待したい。

 我々は、この方法を兵庫県南部地震やノースリッジ地震に適用し、その有効性を確認している。また、一つの応用として、1948年福井地震の強震動の再現に用いた(入倉・釜江,1999)。福井地震は兵庫県南部地震同様、典型的な都市直下地震であったが、大被害を引き起こした強震動がどのようなものであったかに関する研究は殆どなく、我々の再現結果は震度7での強震動を理解する上で重要だと考える。なお、福井地震の震源のモデル化に際しては前述の経験的な不均質断層モデルを適用した。
 

4.  おわりに
   ここではこれまでに行われて来た強震動予測について概観するとともに、工学的にも最も重要となって来た活断層を対象とした強震動予測がいかに行われるべきかを我々のグループが行っている研究を基に紹介した。またいくつかの強震動予測手法についても簡単に紹介した。

 もちろん現在も関連する研究が継続中であり、また予測結果の信頼性向上に向けた研究も必要である。地震学の分野で発展して来た強震動予測を工学の分野で応用するには残された課題も多いが、兵庫県南部地震が一つの契機にもなったと思われる両分野間の交流をよりいっそう親密にし、より強い町作りを目指すことが我々研究者や技術者が社会から受けた義務であると考える。
 
 

<参考図>
 
 
参考文献
  • Aki,K.,1968, Seismic displacement near a fault, J. Geophys. Res., 73,5359-5376.
  • Hartzell, S.H.,1976, Earthquake aftershock as Green?s functions, Geophys. Res. Lett., 5, 104.
  • Irikura,K., 1986, Prediction of strong ground acceleration motions using empirical Green?s function, Proc. 7th Japan Earthq. Eng. Symp., 151-156.
  • 入倉孝次郎、香川敬生、釜江克宏、関口春子, 1998, 強震動予測のためのレシピ、第3回都市直下地震災害総合シンポジウム論文集、pp.125-128.
  • Sekiguchi, H., K. Irikura and T. Iwata, 1998, Detailed source process of the 1995 Hyogo-ken Nanbu (Kobe) earthquake using near-source strong ground motion data, 10th Japan Earthq. Eng. Symp., inprint.
  • Iwata, T., H. Sekiguchi, A. Pitarka, K. Kamae and K. Irikura, 1998, Evaluation of strong motions in the source area during the 1995 Hyogoken-Nanbu (Kobe) earthquake, 10th Japan Earthq. Eng. Symp., inprint.
  • 武村雅之、池浦友則,1987, 震源の不均質すべりを考慮した半経験的地震動評価、地震?、第40巻、77-88.
  • Dan, K., T. Watanabe and T. Tanaka, 1989, A semi-empirical method to synthesize earthquake ground motions based on approximate far-field shesr-wave displacement, Tran. A.I.J., No.396, 27-36.
  • A.I.J., 1993, Earthquake motion and ground conditions.
  • 釜江克宏、入倉孝次郎、福知保長, 1990, 地域的な震源スケーリング則を用いた大地震(M7級)のための設計用地震動予測、日本建築学会構造系論文報告集、No.416, 57-70.
  • Somerville, P.G., 香川敬生、入倉孝次郎、澤田純男、巽誉樹、1998, 断層面上のすべり分布の経験的モデル化の検討、第10回日本地震工学シンポジューム論文集、印刷中.
  • 中田高、島崎邦彦、鈴木康弘、佃栄吉、1998, 活断層はどこから割れはじめるのか?、地学雑誌、107, 512-528.
  • 釜江克宏、入倉孝次郎、福知保長、1991, 地震のスケーリング則に基づいた大地震時の強震動予測  ?統計的波形合成法による予測?、日本建築学会構造系論文報告集、No.430, 1-9.
  • Boore, D.M., 1983, Stochastic simulation of high-frequency ground motions based on seismological models of the radiated spectra, Bull. Seism. Soc. Am., Vol.73, No.6, 1865-1894.
  • Kamae, K., K. Irikura and A. Pitarka, 1998, A technique for simulating strong ground motion using hybrid Green?s function, Bull. Seism. Soc. Am., Vol.88, No.2, 357-367.
  • 入倉孝次郎、釜江克宏、1999、1948年福井地震の強震動の再現、地震2、第52巻,pp.129-150.
  • 入倉孝次郎:阪神・淡路大震災をおこしたものは何であったか、科学,Vol.70,岩波書店,2000.

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