講演要旨

 

東電福島第一原子力発電所事故は「五感で認識できない放射線と生活の中でどう向き合うか」という問題を提起しています。その一つの答えとして、広範囲の放射線分布を迅速に把握できるKURAMAやKURAMA-IIを開発しました。 KURAMAは車等で移動しながらGPSにより測定した位置と放射線データ同時に記録するシステムですが、クラウドを活用し広域に多数展開した測定車のデータをリアルタイムで共有や可視化できることが特徴です。その後継機である  KURAMA-IIでは、小型軽量化、起動〜測定〜停止までの完全自動化の実現、堅牢性や信頼性、機器構成の柔軟性が向上しました。これにより、原子力規制庁が100台のKURAMA-IIにより年2回行う定期的な東日本全域の放射線モニタリングや、60台のKURAMA-IIを福島県内の路線バス等に設置して行う生活圏の継続的な放射線測定が実現できました。この他、小型軽量なKURAMA-IIを人が持ち歩いて住宅地や田畑などを歩き、詳細な放射線の分布や土壌に残留する放射性セシウムの量を推定する技術も開発されました。このようにKURAMAやKURAMA-IIは被災地域にしっかりと根付き「地域を見守る目」の役割を果たしています。
これらの成果は国際会議での口頭発表や論文として発表されているだけでなく、東電の事故を踏まえてのより良い原子力防災の実現においても重要な役割を担い始めています。例えば、KURAMAやKURAMA-IIを使った測定法が新たな緊急時のモニタリング手法として標準化されたこと、さらに、原子力規制庁の緊急時モニタリングのマニュアルに収録されたこと、原子力施設を持つ地方自治体などで緊急時対応のための機材として導入されたことがあげられます。 今回は、KURAMAやKURAMA-IIの開発の経緯や活用の現状と今後の展開の見通しについて紹介するとともに、社会の直面する問題に一研究者としてどう向き合うのかについても考えてみたいと思います。

 

講演者略歴

 

谷垣 実(たにがき みのる)
1993年3月 大阪大学大学院理学研究科物理学専攻博士 前期課程修了
1996年9月同大学院博士後期課程単位取得退学
1996年10月東北大学サイクロトロンラジオアイソトープセンター講師(研究機関研究員)
1999年4月京都大学原子炉実験所
(現:複合原子力科学研究所)助手
2019年7月現在同研究所 助教 大阪大学 博士(理学)

 

研究テーマ

原子炉や加速器で製造した自然界には存在しない不安定な原子核の構造の研究や、不安定な原子核をプローブとした物性研究に取り組んでいます。東電原発事故を機にこれらの研究に必要な放射線計測技術、加速器や計測機器の制御技術を活用してGPS連動型放射線自動システムKURAMA/KURAMA-IIを開発し、原子力災害からの復興への貢献も続けています。