講演要旨 

たんぱく質の中にある年輪
—新しい老化の指標について—

 我々の体を構成するたんぱく質は20種類のアミノ酸がつながったものです。20種類のアミノ酸中、グリシン以外の各アミノ酸は、本来それぞれL型(左を意味する)、D型(右を意味する)の2種類の形状を有するため、たんぱく質は約40種類のアミノ酸によって構成されるはずです。

 しかしながら、体内でたんぱく質の材料として選ばれるのはL型アミノ酸20種類のみです(グリシン含む)。L型アミノ酸だけが、たんぱく質の材料として選ばれた理由は、現在まで不明ですが、これまでのたんぱく質研究は、L型アミノ酸のみから構成されるたんぱく質を標的として進展してきました。 しかしながら、恐竜の化石などに残存するアミノ酸などは、古いものほどD型への変化が進んでいます。このような変化が、実際には生体内たんぱく質中でも起きているのではないかと考え、我々は研究を進めました。まず、生体内のたんぱく質中D型アミノ酸(以下「D-アミノ酸」と記します)を検出する手法の開発を目指しました。試行錯誤を経て、質量分析装置を応用する検出法を開発することに成功し、近年ではさらなる改良に成功しています。この手法を用いて、さまざまな老化に伴う疾病組織内のたんぱく質中にD-アミノ酸が存在することを明らかにしました。次に、これらのD-アミノ酸の正体が、主にアスパラギン酸(以下、Aspと記します)というアミノ酸であることと、そのD-化への反応機構を突き止めました。

 D-化への反応は、主にヒト眼内の水晶体などの代謝機能の低い組織や、代謝が働かない異常なたんぱく質中で進行し、年齢に応じて蓄積します(図)。つまり、それぞれのたんぱく質独自の年齢とも言えるでしょう。D-化が進行している=たんぱく質が老いており、その評価の基準がD-化の割合という考え方になります。D-化の原因は現在まで不明ですが、加齢に応じて継続的に体内にかかるストレス、たとえば熱であったり、紫外線であったり、自然放射線などが予想されます。L-AspからD-Aspへの変化により、それを含むたんぱく質中に構造の異常が生じるため、この現象が加齢性の疾患につながると我々は考えています。 

 白内障やアルツハイマー病等、加齢性のたんぱく質異常凝集性の疾患に対し、決め手となる治療法は、これまでにありません。この問題に対して我々は、これまでの学問になかった「たんぱく質中D-アミノ酸の新たな検知手法や制御法」が疾患の早期検知や、治療法開発につながると考えています。アミノ酸がL型からD型へ変化する反応を防ぐ物質を見つけることで疾患を抑制することができるかもしれません。D型からL型へと戻したりすることができれば、組織内で局所的な『若返り』も可能になるかもしれません。これまでの非常識であった、たんぱく質中D-アミノ酸研究分野を開拓し、これまでに誰も説明することができなかった現象の回答をD-アミノ酸を用いて説明し、教科書にないライフサイエンス分野を拡大してゆくことが我々の夢です。

図1 加齢性疾患と関係のあるD-アミノ酸の蓄積部位(左)と、ヒト眼内水晶体を構成する、たんぱく質中Aspの加齢に応じた増加率の例。左の図では、D-Aspの存在が示唆されており、右の図では、どのたんぱく質中の、どの部位に、どのくらいD-Aspが存在しているかがわかる。いろいろな年齢の試料を分析することで、加齢に応じて、標的Aspが、どのくらいの時間でL-AspからD-Aspへと変化してゆくのかがわかる。つまり、1年で1歳増える『実年齢』とは異なる早さで進行する、この『たんぱく質独自の年齢(年輪)』である。

講演者略歴

髙田 匠(たかた たくみ)

学歴
2001年   立命館大学理工学部応用化学科 卒業
2003年  京都大学大学院 理学研究科化学専攻 修士課程  修了
2006年  京都大学大学院 理学研究科化学専攻 博士課程  修了
職歴
2006年4月 Oregon Health & Science University, Post doctoral associate
2009年10月 Massachusetts Institute of Technology, Post doctoral associate
2013年10月 京都大学原子炉実験所 放射線生命科学研究部門 博士研究員
2015年4月 東京薬科大学 薬学部 助教
2016年9月 京都大学原子炉実験所 粒子線腫瘍学研究センター 助教
2017年4月 京都大学原子炉実験所 放射線生命科学研究部門 特定准教授
2018年4月 京都大学複合原子力科学研究所 放射線生命科学研究部門
基礎老化研究部門 特定准教授
2020年4月 京都大学複合原子力科学研究所 放射線生命科学研究部門
放射線生化学分野 准教授             現在に至る

研究のテーマは、ほぼ一貫してたんぱく質内部アミノ酸の化学変化(酸化、脱アミド化、ラセミ化、異性化)についての研究を進めており、その中でも、加齢に応じて増加するラセミ化、異性化産物であるD型アミノ酸についての研究を専門としています。。