講演要旨 

水素と水と地球の歴史の研究

 45億年の地球の歴史において、分子の水(H2O)は特別な役割を果たしてきました。海洋、大陸、プレートテクトニクス、生命の存在のためには、地球の歴史のほぼ全期間を通して、充分な量の液体の分子の水が表層に滞留している必要がありました。この水をつくる要の元素である水素(H)は、実は宇宙には最もありふれて存在しており、たとえば太陽はその大部分が水素でできています。しかし、現在の地表海洋環境での水素の存在量は、地球全体のわずか25 ppm(全重量の100万分の25)にすぎません。水の惑星とは言いながら、実はあまり水を持っていなさそうに見えるわけですが、これはなぜでしょうか。

 ここで視線を海洋の底をつくる岩石に向けてみましょう。地球質量の70%を占める岩石のマントルは、多種多様な「鉱物」の集合体です。そして、これらの鉱物の多くの種類が、100~10,000 ppmの水素イオン(H+)を成分として混入させている証拠が、中性子などを使った研究によって繰り返し確認されてきました(図のppm単位の水素量を参照)。つまり地球の内部の鉱物には、地表海洋環境をつくる水素を大きく超える量の水素が貯蔵されていると考えられます。

 地球内部の水素には二つの種類があります。その一つめは45億年前に天体が集積して地球が誕生した際に埋め込まれた水素です。この埋め込みの証拠として、地球や宇宙の鉱物が成分として混入させている水素の同位体比などの研究が進んでいます。また二つめの水素は、地球形成の少し後に始まったプレート運動の働きによって埋め込まれてきたものです(図の灰色の矢印を参照)。

 鉱物に成分として混入している水素は、鉱物を柔らかくしたり、融けやすくする役割を持っています。この水素の傾向は、地震の発生や火山活動の源であるマグマの発生と深いかかわりがあります。まとめると、地球内部の鉱物が含む水素の研究は、地球の現在、過去、未来を理解するために重要といえます。しかし、地球内部から水素の入った鉱物を採集してくることは不可能なので、私たちは実験室で高温高圧の条件をつくりだし、地球内部の鉱物を人工的に合成してきました(図の鉱物の写真を参照)。このようにして得られた水素入りの鉱物の結晶の解析には、中性子が特に有効です。講演会では、このような水素の話とともに、中性子がどのように水素の研究に役に立ってきたのかを説明したいと思います。

講演者略歴

奥地 拓生(おくち たくお)

学歴
1993年3月 京都大学理学部地質学鉱物学教室 卒業
1995年3月 東京工業大学大学院理工学研究科応用物理学専攻修士課程 修了
1998年3月 東京工業大学大学院理工学研究科応用物理学専攻博士課程 修了
1998年3月 博士(理学)(東京工業大学)
職歴
1998年4月 日本学術振興会特別研究員(北海道大学低温科学研究所)
1998年5月 名古屋大学助手(理学部、環境学研究科)、後に同助教
2003年5月 日本学術振興会海外特別研究員(カーネギー地球物理学研究所)
2008年1月 岡山大学准教授(地球物質科学研究センター、惑星物質研究所)
2020年8月 京都大学教授(複合原子力科学研究所)             現在に至る

研究のテーマ
鉱物学、宇宙惑星物質科学、高圧力物質科学