講演要旨 

顕微鏡による天文学
—小惑星リュウグウのすがたを探る—

 太陽系小天体を構成する物質の分析は、これまで、地球に飛来する隕石や宇宙塵に頼ってきました。しかし近年の探査技術の進歩に伴い、2007年のNASAスターダスト探査機によるヴィルト2彗星塵の回収、2010年のJAXAはやぶさ探査機による小惑星イトカワ粒子の回収など、太陽系小天体からのサンプルリターンが次々に実行されています。皆さんもご存知のとおり、小惑星リュウグウ表層の粒子を採集したJAXAはやぶさ2探査機が、2020年12月に地球に帰還しました。得られた試料は2021年春に、岩石・鉱物、元素・同位体、有機物の分析の専門家からなる8チームに配分され、日本の惑星物質科学分野が総出で分析を進めてきました。私たちのチームはその一つで、海洋研究開発機構・高知コア研究所を拠点とする国内外の研究機関から構成されています。

 小惑星リュウグウは、分光観測にもとづき水や有機物が多い天体であると考えられており、その物質の直接分析が待ち望まれていました。地球外から持ち帰った希少・微量試料ですので、地球大気による汚染をできるだけ避けた試料保管や輸送、そして詳細な分析をする必要があります。私たちのチームは、そのための容器や試料ホルダーの開発を続けてきました。また、試料のムダを防ぎ、そこからできるだけ多くの物質科学的情報を得るために、結晶、同位体、有機物の分析ができる、特殊な「顕微鏡」群を駆使する分析手法も練ってきました。

 私たちの総合分析の結果、リュウグウ粒子は含水の鉱物や有機物に富む微粒子からなり、これまで地球で落下・発見された「炭素質コンドライト」という隕石に非常に似ていることがわかってきました。隕石のふるさとの一つが小惑星であることが、物質の分析より確定づけられたわけです。さらに粒子の組織を詳しく見ると、そこには、様々な元素を溶かし込んだ水と岩石が何度も反応する様子、別の小惑星の衝突により、リュウグウ表面の物質が変形したり破壊したりする様子も見つかりました。リュウグウはその原材料ができてから現在の小惑星の姿になるまでに、さまざまなイベントを経験したようです。本講演では、これらの結果を具体的にお見せしつつ、顕微鏡を用いて行う天文学の醍醐味をお話できればと思います。 

りゅうぐう
図1 集束イオンビーム装置(FIB)(左上)と透過型電子顕微鏡(TEM)(右上)。探査機「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星リュウグウの粒子(左下)をFIBで微細加工し(右下)、TEMなどの局所分析装置で詳しい観察と分析を行いました。

講演者略歴

富岡 尚敬(とみおか なおたか)

【学 歴】
1994年3月 北海道大学理学部地質学鉱物学科 卒業
1996年3月 北海道大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻博士前期 修了
1999年3月 北海道大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻博士後期 修了
1999年3月 博士(理学)(北海道大学)
【職 歴】
1999年4月 日本学術振興会 特別研究員
2001年2月 神戸大学理学部地球惑星科学科 助手
2007年4月 神戸大学理学部地球惑星科学科 助教
2007年12月 岡山大学地球物質科学研究センター 准教授
2014年7月 海洋研究開発機構高知コア研究所 主任技術研究員
2020年4月 海洋研究開発機構高知コア研究所 主任研究員
      現在に至る

研究テーマ
地球外物質や高温高圧実験試料中の鉱物の結晶構造や微細組織を、電子顕微鏡により調べています。ミクロな世界から太陽系小天体や地球内部のダイナミックな変化を探るのが、私の研究の醍醐味です。