講演要旨 

微弱な放射線によるその場計測とそれを利用した高校科学リテラシー教育

  より科学に理解のある社会を実現するため、高校レベルにおける科学リテラシーの涵養に挑戦します。その第一歩として、自然環境レベルの放射線が身近なプラスチックに引き起こす未知の現象を明らかにするその場(オペランド)計測システムを開発すると共に、その先端科学研究を題材に学力の平均層である地元一般高校を対象として実施します。民間による月面着陸挑戦やゲノム編集技術など、先端科学の推進には社会的な話題性が伴うため、豊かで、真に安心・安全な社会を実現するためには、最先端の研究開発に加え、高等学校をはじめとする社会一般の科学的リテラシー涵養という両輪を回す必要があると考えました。

  従来、微弱な放射線は、物質内でミクロな変化を起こしても、マクロな変化はあり得ないと考えられてきました。予備実験を重ねてきたところ、プラスチックを構成する分子数に比べて無視できるほど少なく微弱な放射線が、圧倒的多数であるプラスチック分子にマクロな変化を及ぼす兆候を掴みました。この現象は照射線がなくなると消失するため、その現象の本質を知るには、放射線を照射しながら分子状態を調べる必要があります。そこで、極めて微弱な放射線を利用して、その場で観測できるシステムを開発することにしました。その狙いは、微弱な放射線によって分子構造を変化させることなく、分子を構成する元素間の結び付きの強さのみを変化させて、一時的に新しい特性を生み出すことにあります。

  一方で、この身近なプラスチックと微弱な放射線という研究材料は、先端研究でもありながら、「放射線」という社会的にセンシティブな分野でもあります。だからこそ、これらの研究材料に基づくその場計測は、一般市民でも実感しやすい題材となり得ます。私たちは、今春より地元の一般高校を舞台に、文系・理系を問わず総勢2116名の生徒及び150名の教員、さらに保護者までを対象として、同研究材料を活用した科学的リテラシー涵養の試行に取り組んでいます。その第一段階として、年間を通じて継続的に、放射線を単元とした授業を、文科省認定の理系科目である「生物」、「化学」だけでなく文系科目である「地歴」、「公民」、「家庭」、「現代文」にも設けました。さらに第二段階では、先端科学に率先して取り組む生徒・教員をファーストペンギンと称して上記の実験に直接触れる機会を用意しました。最終段階では、顔見知りの生徒・教員が研究活動に携わった姿を、短編動画を通じて学校内で定期上映し、先端科学が身近であるという感覚を継続的に誘発しています。これらの段階を繰り返し、その効果が広く一般化するプロトモデルとしての構築を目指しています。

  本講演では、身近なプラスチックが引き起こす未知の現象の真理追求を目指す「その場計測」の現状と、その研究活動と人材育成を連動させた「学びの実体験の場」について、分かりやすくご紹介したいと考えています。

講演者 略歴

中村 秀仁(なかむら ひでひと)
京都大学 複合原子力科学研究所 助教

【学職歴】
2006年3月 大阪大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了 博士(理学)取得
2006年4月 (独)放射線医学総合研究所 基盤技術センター 博士研究員
2007年4月 (独)放射線医学総合研究所 基盤技術センター 研究員
2011年1月 京都大学 原子炉実験所 原子力基礎科学研究本部 助教
2018年10月 京都大学 複合原子力科学研究所 粒子線基礎物性研究部門 助教(現職)

研究のテーマ
合成高分子の放射線応答に関する研究と教育に従事しています。