■主な研究テーマ

1.超イオン伝導体の構造に関する研究

 超イオン伝導体
(Superionic Conductors)は固体でありながらその中をイオンが高速で移動する物質を言い、α-ヨウ化銀(α-AgI)は代表的な超イオン伝導体です。最近ではリチウムイオン二次電池において可燃性の有機電解液を使用し安全面での危険性を潜在的に抱えていることから安全性・信頼性の向上のために有機電解液を固体電解質(超イオン伝導体)に置き換える「全固体リチウムイオン二次電池」の開発と実用化が待望されています。

 本研究室では中性子散乱の特徴を最大限に活用して超イオン伝導体の構造すなわちイオンの存在環境やイオンの動いていく経路を明らかにし,全固体リチウムイオン二次電池に適した超イオン伝導体の開発指針を構造学的見地から構築しようとしております。

LiS4ユニットから見たS4ユニットの存在位置と数を解析することにより、
Li7P3S11準安定結晶の超イオン伝導特性が構造と密接な関係があることが理解できた。

Li7P3S11準安定結晶の原子配列
 (赤:Li原子、青:PS4ユニット)

多面体解析

LiS4ユニット(赤)とS4ユニット(青)の分布

2.水素吸蔵材料の構造学的研究

 水素エネルギー社会実現のためには大量の水素をコンパクトかつ効率的に輸送・貯蔵する技術が必要です。本研究室では,結晶ナノ物質アモルファス材料のを構成する原子の間に水素を取り込ませて貯蔵させることを考えております。そのために大量の水素を効率良く貯蔵しかつ吸蔵と放出を容易に起こさせるための水素の存在環境や存在状態を中性子散乱の特徴を活用して原子レベルから明らかにしようとしております。さらに水素原子の存在位置・環境を3次元的に知るためにシミュレーションなども行い多角的な解析を行っています。

水素を吸蔵したTbFe2D3.0 アモルファス合金の構造

水素吸蔵ナノグラファイトの動径分布関数

3.セメント材料の水和反応研究(準弾性散乱)

 現在の建築物においてコンクリートは無くてはならない材料で,その材料強度特性は建築物の強度,耐久性と密接に関連しています。そのコンクリートはセメント,水,骨材を混ぜ合わせることによって作製されます。セメントは多数の成分からなるためその水和反応は非常に複雑で,コンクリートの発現する強度の予測は難しいとされてきました。

 セメントと水は水和反応によってセメント水和物(水酸化カルシウムや珪酸カルシウム水和物など)に形態を変えることで強度を発現させます。本研究室では,水和反応時の自由水と水和反応物の結合水の状態を知ることによってそのセメントの強度特性を知ろうと中性子準弾性散乱により自由水と結合水の割合を調べています。

準弾性散乱スペクトルの時間変化
圧縮強度水和物
水和物生成量と圧縮強度の関係


4.新規中性子回折装置の開発と設計・製作

 本研究室は材料の原子構造の解明を目的としていますがその遂行のためには新たな中性子散乱(回折)装置の開発が必要です。現在,本研究室では,高エネルギー加速器研究機構の神山グループと共同で第4世代と言われる新しい中性子回折装置(SPICA)の設計・製作を行っています。この装置を用いて,次世代電池材料の構造学的研究ならびに未来の革新材料開発の指針を得るための構造解析を展開する予定です。

特殊環境中性子回折装置(SPICA)のイメージ図 (a)鳥瞰図、(b)横から見た断面図
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さらに理解や検討を深めていただくために

1.普通ポルトランドセメント主成分の珪酸三カルシウムの構造と水和反応特性

 一般的に用いられている普通ポルトランドセメントでは,珪酸三カルシウム(Ca3SiO5)が構成成分の50%以上を占める主成分となっており,その水和反応特性が普通ポルトランドセメントの水和反応を特徴付けています。本研究室では中性子の透過性が高いことを利用して,珪酸三カルシウムのバルク状態の水和反応による構造変化を詳細に観測しました。等温結晶化速度を記述できるAvrami式を用いて珪酸三カルシウムの水和反応の反応速度を解析した結果,水和反応によって多数の空隙が形成されることを明らかにしています。さらに,珪酸三カルシウムに対してミリング処理を加えると欠陥や歪みが生じ,それによって初期の水和反応が劇的に速くなることも明らかにしました。Cement and Concrete Research 36 (2006) 2033-2038. Physica B, 385-386 (2006) 517-519. Trans. Mater. Res. Soc. Jpn., 31 (3) (2006) 763-766. Trans. Mater. Res. Soc. Jpn., 31 (3) (2006) 783-786 . J. Solid State Chem., 179 (3) (2006) 3286-3294.


2.中性子散乱によるグラファイト(ナノグラファイトカーボンマイクロコイルなど)の構造観察

 メカニカルアロイング(mechanical alloying: MA)によって種々の物質がナノ化するとともに合金化します。その特性を用いてMAによりナノグラファイト水素吸蔵グラファイトそしてグラファイト層間化合物の構造を明らかにしております。(J.Non-Cryst. Solids, 293&295,575(2001), J. Alloys & Compounds,327,224(2001), Pysica B, 311, 95(2002)).また化学気相析出法(CVD)によりファイバー直径約1ミクロンコイル径は約5ミクロンの螺旋状のカーボンナノコイル(CMC)が形成されます。この炭素材料の工学的応用は広がっていますが基礎的すなわち原子レベルでの理解は進んでいません。研究室では中性子全散乱法とリバースモンテカルロモデリングにより、CMCにおけるグラフェンの構造形態を明らかにしようとしています。(Trans. Mater. Res. Soc. Japan, 29,  469  (2004))


3.鉄置換型ランタンガレート系酸化物の酸素イオン伝導と結晶構造

 温室効果ガスを軽減するための環境技術開発の中で,注目されている技術として燃料電池があります。燃料電池は水素と酸素を反応させることによってエネルギーを取り出す方法です。この技術の中で重要な役割をするのが酸素分離膜であり,酸素イオン伝導特性が高く,耐熱性に優れた材料が必要とされます。本研究室では酸素イオン伝導体として注目されているランタンガレート系酸化物に着目し,鉄の置換量,温度,酸素分圧を変えることにより結晶構造を変化させ,酸素イオン伝導のメカニズム解明と,より高い酸素イオン伝導材料の開発を目指しております。Physica B 350 (2004) 1031-1034. Physica B 350 (2004) 1031-1034. Trans. Mater. Res. Soc. Jpn., 30 (3) (2005) 859-862. Nucl. Inst. Met. in Physics Research A 600 (2009) 328-331. Solid State Ionics, 180, (2009) 541-545.)


4.金属ガラスの安定性に関する構造学的研究

 ガラスやアモルファス物質は固体ですが結晶のような原子配列の周期性を持たず,液体のような無秩序な原子配列を示します。液体状態から急冷することによって作製される金属ガラスは,2元系に第3元素,第4元素の添加を行い多元系にすることにより,その熱的安定性が増していきます。その原因を構造学的観点から研究しています。例えば,Ni-Zr系金属ガラスにAlを添加することにより,二十面体的多面体が増加し,かつ密度が増加することがこれまでの本研究室の研究により明らかになっております。J. Metastable & Nanocrystalline Materials, 24-25 (2005) 217., J. Intermetallics, 14 (2006) 893, Physica B,385&386 (2006) 259


5.中性子散乱による水素化バナジウムの格子構造の観察

 金属中の水素の存在状態を知るためにV金属に水素を入れ,中性子がV元素を見ないという特徴を利用して,水素原子の存在状態や水素原子同士の相関を明らかにしようとしています。β-V2Dにおける水素はV原子で構成される4面体内に位置しますが,その水素は通常存在し得ない隣の4面体内にも位置するように観測されることから、4面体間でジャンプを繰り返し移動していることが分かりました。 J. Appl. Phys. 101 (2007) 123528.1