KURNS-LINACを利用した実験


液体窒素温度における電子線照射や、パルス中性子を用いた実験、コヒーレント放射光による分光研究など、他の加速器施設には見られない非常に特徴的な実験が行われています。

照射実験 <電子線照射, X線照射, 中性子照射>
中性子実験 <中性子TOF, 鉛減速スペクトロメータ>
放射光 <コヒーレント放射光>


電子線照射

 研究炉で行う中性子照射とは対照的に、10 MeV 以上の高エネルギー電子による照射が可能であるため、種々の材料に対する中性子、電子線による照射特性の比較に対して非常に有効な研究手法です。発電用原子炉の圧力容器鋼脆化の基礎研究のための材料照射や、化合物半導体への電子線照射効果の研究が行われています。特に液体窒素温度における電子線照射が実施できるのは、現在国内ではKURNS-LINACのみとなっており、貴重な存在です。液体窒素を使用しますと液体酸素との置換によってオゾン爆発の危険がありますが、KURNS-LINACでは照射チャンバーの形状を工夫したり、常に新しい液体窒素を流し続けるなどの安全対策によりその危険を回避しています。
 一般的に中性子照射による欠陥生成過程は、顕著なカスケード形式を伴いますが、電子線照射の場合にはその効果は少なく、単純なフレンケル対の形成過程だけを考えることができます。したがって、ライナックを用いた電子線照射のメリットは次の二つが考えられます。ひとつは、フレンケル対が結晶中に一様に形成されることによる照射欠陥の基本特性、二つ目は、中性子照射による欠陥のカスケード形成を調べる上での基準とすることができるということです。
 

 X線照射

X線によるRI製造
ガンマ線による核変換消滅処理の基礎研究
 

 中性子照射

半導体の中性子照射効果の研究
 
 

 中性子TOF

パルス中性子を用いた中性子捕獲断面積の測定
 

 鉛減速スペクトロメータ

 鉛は質量数が大きいため、中性子が鉛との衝突によって受けるエネルギーの減速割合は小さくなります。また、鉛の中性子全断面積はそのほとんどが散乱断面積であり、中性子吸収断面積は小さくなります。そのため、パルス状の高速中性子が大きな鉛の体系に打ち込まれると、鉛による中性子の吸収がほとんどなく、体系からの漏れが少ないため体系内に長く留まり、中性子束群は減速時間と一対一の対応関係を保ちながら、低エネルギーまで減速されていきます。これが鉛減速スペクトロメータの原理です。
 本ライナックに設置されている鉛減速スペクトロメ−タは、当初、東京大学工学部に設置され(昭和43年)、その後、同大学原子力総合研究センタ−に移管された「鉛減速時間スペクトロメ−タ(LESP)」を、平成3年になって京都大学原子炉実験所の方に譲り受けたもので、46 MeV 電子線形加速器と組み合わせた京都大学鉛減速スペクトロメ−タ(KULS)として実験に使用されることとなりました。
 本鉛減速スペクトロメータは、10 x 10 x 20 cm の大きさを持つ高純度鉛(99.9)ブロック約1600個を一辺 1.5 mの立方体形に積み重ねたもので、その総重量は約40トンもあります。
 本装置では、その鉛体系の大きさにより、中性子源から数十センチ近辺での実験となるため、通常の飛行時間分析法と比べて分解能は悪くなりますが、中性子強度は格段に大きくなります。このような特徴を生かして次のような研究が行われています。(1)アクチニド核種など、それ自身が放射性の試料であり、実験上のバックグランドが高いもの、(2)核分裂生成物(FP)核種など、試料を多量に入手することが困難な微小サンプルの核種、(3)核理論の面などから興味がもたれる反応で、断面積が極めて小さいため従来の実験法では困難であった中性子核データの測定などに利用されてその威力を発揮しています。


 

 コヒーレント放射光(高輝度ミリ波テラヘルツ放射光分光装置)

 遠赤外線とミリ波領域の間は、長い間強力な光源のない未開拓の領域でした。近年この周波数領域はテラヘラツ領域と称され注目を浴びるとともに、新しい光源が開発されつつあります。短くバンチングされた電子ビームを用いたコヒーレントな放射は、テラヘルツ領域の新型光源開発の先駆けとなった研究であり、KURNS-LINACにおいても、1990年から東北大学のグループと共同で研究を開始し、コヒーレント遷移放射、コヒーレントチェレンコフ放射、コヒーレントスミスパーセル放射を世界で初めて観測するなど、現在まで世界レベルの研究活動を精力的に行っています。
 コヒーレント放射光の特徴は、電子ビームのサイズが光源サイズとなっており高輝度であること、連続スペクトルを有すること、短い時間パルスであること、放射機構の工夫により直線偏光や楕円偏光が得られること、などがあげられます。したがって、コヒーレント放射光そのものの放射メカニズム解明の基礎研究のみならず、テラヘルツ光源として物性研究などの応用研究へも利用可能です。
 また、通常の電子蓄積リング(UVSORSPring-8)の赤外ビームラインにおける放射光はテラヘルツ領域までカバーしておらず、ライナックを用いたコヒーレント放射光とは相補的な関係にあります。
 KURNS-LINACを用いてコヒーレント放射光の研究を行うメリットは大きく分けて3つあります。ひとつは、数少ないLバンドのライナックであり大電流を取り出せること、すなわち高強度の放射光が得られること、二つ目は、すでに吸収反射測定のための専用の分光装置がライナックに設置されており、物性研究に利用できること、三つ目は、ライナックが全国共同利用に供されており、申請すれば誰でも利用可能であること、この3つです。特に、分光装置はライナック本体室とは別の実験室に設置されており、ライナック運転中、つまり放射光が出ている間も放射線被ばくの心配なく分光器のそばで実験することができます。コヒーレント放射光の研究は、世界的に見ても自由電子レーザー開発のための基礎研究として、加速器の専門家が行うものが大部分であり、分光光源として利用するための専用装置が設置されている当実験所のライナックは、赤外分光の研究者にとって非常に貴重な存在となっています。

主な装置
Martin-Puplett型フーリエ干渉分光計
・回折格子型遠赤外分光器 (Hitachi FIS-21)
・液体ヘリウム冷却シリコンボロメータ (Infrared Lab.)
・液体ヘリウム冷却InSbホットエレクトロンボロメータ
・透過測定用液体ヘリウム冷却ライトパイプ型クライオスタット
・反射測定用液体ヘリウム冷却クライオスタット
・ロックインアンプ EG&G 52107220
・ボックスカー積分器 SR250 (Stanford Research Systems)



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