超小型KURAMA-II

原子力災害は,、人間の五感で感じることのできない放射線を可視化することで災害を初めて認知できるという、きわめて特殊な災害です。そのため、事象の進展に対応した適切なモニタリング体制を構築することが極めて重要です。東日本大震災に伴う東電福島第一原子力発電所事故の経験から、災害の規模や被害の影響の度合い、また住民の初期被曝の評価に極めて重要なヨウ素131のような短寿命核種のデータ取得の上でも、発災直後から10日間程度以内の間の緻密で継続的な放射線モニタリング活動の展開が極めて重要であると考えられています。
しかし、原子力災害の発生時には放射性物質の放出に加え、モニタリングポスト等の破損、停電、道路や通信網の寸断といったインフラの被災も加わった過酷な環境となりえます。その状況の中で、限られた人や資機材により状況を把握し、必要な防護措置や被ばく医療処置をとるという極めて困難な状況となることが予想されます。

そこで、KURAMA-IIで得た知見やノウハウを元に発災直後に機動的に放射線モニタリングを展開できるツールとして、Sony SpresenseとLPWAを組み合わせた超小型KURAMA-IIを開発しました。低消費電力でありながら、ハイレゾ対応の500kS/s高速ADCや、みちびき、GPS、GLONASSに対応したGNSS受信機能を搭載したSpresenseは超小型KURAMA-IIのプラットフォームとしてうってつけのSingleboard Computerです。

超小型KURAMA-IIの概要

超小型KURAMA-IIではCsI(Tl)シンチレータとMPPCを組み合わせた放射線検出器を採用しています。これは従来のKURAMA-IIで実績のある浜松ホトニクス社C12137とまったく同一のもので、従来のフォトダイオードとシンチレータの組み合わせと比較するとS/Nや感度の面で極めて優れており安定した放射線計測が実現できます。
今回の超小型KURAMA-IIの特徴として、従来のC12137がMPPCからのパルス信号を内蔵のアンプで波形整形した後内蔵ADCでAD変換してUSBで出力するのに対し、今回は波形整形後のアナログ信号をSpresenseの持つ500 kS/sの高速ADC(HPADC)に入力し、パルスごとの波高を計測している点が挙げられます。これにより構成の単純化による機材の低廉化や小型化、消費電力の大幅な削減に成功しています。この波高は放射線のエネルギーに比例するため、検出した波高とその数をヒストグラム化することで放射線のスペクトルが得られます。これを内部で放射線量に換算し、さらにSpresenseのGNSS受信機能で得た測位情報でタグづけします。波高計測のアルゴリズムなどのSpresenseへの実装はS2ファクトリー株式会社によるものです。
取得したデータはメッシュ型LPWAで送信します。現在の超小型KURAMA-IIではZETAを採用しています。ZETAは中継局同士が自動でメッシュネットワークを構成しており、いずれかの中継局に接続すれば最適な通信経路が自動選択されて基地局までデータが送られることになります。また消費電力も極めて少なく電池でも長期間動作可能なことから、緊急時に深刻な課題となりえる電源途絶時の通信維持の問題も解決できます。

超小型KURAMA-IIの活用法

超小型KURAMA-IIは従来のKURAMA-IIの能力を維持したままで小型化と価格の低廉化を実現するものです。そのため、従来の高い信頼性を前提とした放射線モニタリングに高い機動性やきめ細かな対応の手段を与えることができます。
たとえば、生活圏においては、原子力災害発生時に病院や学校、避難所、役所や会社など様々な場所に大量に超小型KURAMA-IIを展開します。これらを機動的かつ自律的なメッシュネットワークが構築できるLPWAであるZETAで結ぶことで、地域内の被災状況にかかわらずきめ細やかかつ継続的な放射線モニタリングを実現できるようになります。スペクトルデータを取得できる超小型KURAMA-IIが域内にきめ細かく配備されて継続的な監視を実現することで、ヨウ素131のような短寿命核種の拡散やそれによる人体への影響の評価に必要な情報が収集可能となります。
また、原子力施設周辺において事象進展で最前線から撤退を余儀なくされた場合でも、撤退経路上で順次展開していったり、ドローンなどによる展開といった手段も可能になります。域内に展開された超小型KURAMA-IIはバッテリーの継続する間放射線データを取得して送信を続けます。この超小型KURAMA-IIのモニタリングにより事象進展の状況を引き続き監視できるだけでなく、このモニタリングの継続している間に事象に対応した本格的なモニタリング体制を整える時間的猶予が生まれます。

この研究は原子力規制庁 放射線安全研究戦略的推進事業費(JPJ007057)の助成を受けたものです。開発にあたり、Sony株式会社、凸版印刷株式会社、島根県原子力環境センターの協力を受けています。