放射線生化学研究分野   

講師 木野内 忠稔 kinouchi*
助教 齊藤 毅 ta-saito*

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当分野では放射線の生物影響について、分子、細胞、個体の各スケールに分けて研究を行っている。分子レベルでは、放射線が引き起こすタンパク質の傷害とその生理的な影響について検討している。放射線が水分子に衝突して生じる活性酸素は様々な生体高分子へ影響し、特にDNAにおける塩基損傷がよく知られているが、タンパク質においてもアスパラギン酸残基(Asp)のラセミ化(D化)を惹起させることが指摘されている。実際にアルツハイマー病や白内障などの原因タンパク質中にD-Aspが発見されたことから、AspのD化は正常なタンパク質を病的に変性させる一因と考えられている。一方、D-Aspの生成による小規模な立体構造の変化を合目的的・生理的に利用した未知のシグナル伝達系も存在するのではないかと考え、その立証に取り組んでいる。以上の研究過程で発見したD-Asp含有タンパク質に対する特異的な分解酵素(D-Aspartyl Endopeptidase)は、変性したD-Asp含有タンパク質に対する品質管理機構であると同時に、上記のシグナル伝達系を負に制御するものでもあると考えられることから、その酵素学的性質を詳細に調べている。また、細胞レベルでは生物の基礎的な生体防御機構解明の観点から細菌の放射線耐性獲得機構の研究と藻類による放射性セシウムの収着機構の研究を、個体レベルではカイコをモデル動物とした放射性セシウムによる低線量・長期被ばくの生物影響評価系の構築を行っている。各レベルにおいて得られた成果を横断的に考察し、放射線の生物影響についての理解を深めることが当分野の理念である。

一方、発電以外の原子力の有効利用として、ホウ素10の中性子捕捉反応を利用した植物におけるホウ素の生理機能の解明に取り組んでいる。ホウ素は全植物にとっての必須元素であるが、農作物のホウ素欠乏症・過剰症と呼ばれる生育障害は、世界的に頻発する病害であるにもかかわらず、その抜本的な対策は進んでいない。なぜなら、空間分解能の高いホウ素分析法が未整備であるため、ホウ素の植物生理学的な機能についての理解が乏しいからである。そこで固体飛跡検出器CR-39によるαオートラジオグラフィーを応用し、ホウ素の局在を高い解像度をもって分析可能なin situ可視化技術を確立することで、生長のどの段階で、どの組織・細胞にどれだけのホウ素が局在しているのかという多次元的な情報を収集し、ホウ素の栄養診断法の確立に結びつけたいと考えている。

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図1 D-Aspartyl Endopeptidaseの原子間力顕微鏡による立体画像。中央にリング状の構造体が観察される。

図2 ハツカダイコン根におけるホウ素のラジオグラフィー。図中の黒点がホウ素の局在を示す。