所長ごあいさつ

研究炉の利用運転再開

所長

京都大学原子炉実験所の役割

京都大学原子炉実験所は、昭和38年に「原子炉による実験およびこれに関連する研究」を行うことを目的に、全国の大学の共同利用研究所として京都大学に附置され、それ以来、京都大学研究用原子炉(KUR)や臨界集合体実験設備(KUCA)の利用を中心に実験研究を進めて参りました。

KURは日本唯一の大学附置中型熱中性子研究炉であり、単独の大学が所有する研究炉としては世界でも大きなもののひとつです。日本原子力研究開発機構に所属する研究炉や大強度加速器中性子源(J-PARC)といった中性子源は、国家戦略に基づいて世界最大級を実現することでその役割を達成しているのに対し、KURは大学に附置されたものとして、学術・教育における基礎基盤的役割を果たしてきています。

またKUCAは、臨界集合体実験装置としてほぼ出力ゼロで、原子炉の炉心そのものの研究教育を行うものです。ここでは、安全審査を受ければ、学生を含む研究者が自ら設計した炉心を、自ら燃料体を組み上げて作り上げ、自ら原子炉の運転を行うことができます。このような実習・訓練を行える施設は、世界でも極めて少なく、貴重な原子力人材育成の場となっています。その結果、国内ばかりでなく海外、特に韓国、からの大学院生等の実習教育が行われています。このように全国共同利用研究所として、主として全国の大学関係の研究者に研究の場を提供し、自由な発想に基づく挑戦的な課題を進めるばかりでなく、多くの学生が訪れる教育の場としての役割も大きいのです。

研究用原子炉(KURとKUCA)の再稼働

東日本大震災に伴って福島第1原子力発電所事故という極めて深刻な事故がありました。その結果、当然のことながら日本の原子力安全が全面的に見直され、非常に厳しい規制が実施されることとなりました。その新規制に対応させるため、日本の全研究炉が長期停止をすることとなりました。しかし、平成29年4月に近大の研究炉が再稼働を果たしマスコミでも話題となりましたが、京大のKUCAも引き続き同年6月に、KURも8月に利用運転の再開を行うことができました。

長期停止の間、全国の研究者の皆様には多大のご迷惑をおかけしました。ホウ素中性子補足両方(BNCT)の治療研究をお待ちの皆様には、特にお詫びを申し上げたいと思います。KURにおけるBNCTは、治療研究の段階とは言え多くに実績を有していることから、運転再開を心待ちにされながら長期停止のために治療のチャンスを得られなかった患者さんも多くいらっしゃると伺っています。これで、やっと以前のように着実な治療研究を実施できる条件が整ったことを喜ばしく思っています。

しかし、KURが停止している間、BNCT研究が滞っていたわけではありません。原子炉実験所では、加速器中性子源を利用した病院に敷設できるBNCT治療機器の開発を行い、現在、治験が順調に進んでいます。福島県の南東北病院にも同型機が導入され、我々と協力しながら治験をさらに強力に推進できる体制ができました。また大阪医科大学にも導入が決定され、建設が開始します。

現在治験が進められているBNCTのがんの種類はまだまだ限られていますが、今後研究炉を利用した研究によって、さらに適用範囲を広げ、さらに高度なものに進めていきます。その結果が、病院敷設のBNCT装置によって多くの患者さんがその恩恵に浴せるようにしたいというのが、我々の基本的な考え方です。言い換えると。原子炉実験所は研究拠点として「新たな疾患に対する有効な治療法」を確立させ、それを治療拠点である病院付設の治療施設にて多くの患者さんに届けるという考え方です。もちろん、治療拠点は最終的には世界中に広がることを目標としています。

また、原子力に関する学生、基礎基盤研究を行う研究者、原子力エネルギー関係技術者、原子力技術を広く産業に利用する分野における技術者等、さまざまな分野における人材育成活動が滞っていることも大きな問題でした。しかし、原子炉実験所の共同利用研究としては、電子線形加速器、ガンマ線照射装置、各種分析機器等を利用した研究課題は行われており、研究所としての一定の活動は行われてきましたが、今後はより活発にこれらの方面でも貢献して行けると考えています。

国家的な役割を担って

平成22年3月に、日本学術会議より「提言 学術の大型施設計画・大規模研究計画 -企画・推進策の在り方とマスタープランの作成について-」が公表されました。これは、日本学術会議 科学者委員会 学術の大型研究計画検討分科会の審議結果を取りまとめたものであり、「日本学術会議は学術の推進上重大な問題点を認識し、科学者コミュニティの専門的意見を集約して、大型施設計画および大規模研究計画の検討を行い、わが国として初めての全分野にわたる大型計画のマスタープランを策定した」ものです。この提言では、今後の特に重要な大型施設計画・大規模研究計画として、全学術分野から43課題が選定されました。さらにその後も3年ごとに見直しが行われ、今年も新しく「マスタープラン2017」が公表されています。

そのなかに、京都大学原子炉実験所からの提案「複合原子力科学の有効利用に向けた先導的研究の推進」が、「原子力」を表看板として掲げた唯一のものとして選定され続けており、原子炉実験所の研究計画は、国家レベルでその重要性が認められているのです。この提案が目指すものは、「人類社会の持続的発展には原子力・放射線の利用が必要である。本計画では、研究炉・加速器を用いる共同利用・共同研究を軸に、複合的な原子力科学の発展と有効利用に向けた先導的研究を推進し、その拠点を形成する」ことであり、 原子力エネルギーに関する「狭義の原子力研究」だけでなく、研究炉・加速器を利用して「広義の原子力研究」を推進しようというものです。 ここで「広義の原子力研究」とは、原子力技術を原子力発電以外の研究に応用する分野のことであり、放射線や放射性同位元素(RI)を利用して、基礎的な学術研究から産業・医療利用まで幅広く行われています。

「複合原子力科学」とは

原子炉実験所は、共同利用・共同研究拠点として、複合原子力科学の研究を進めているのですが、実は「複合原子力科学」という言葉は、原子炉実験所における研究の特長を表現するために、我々が作った新しい造語です。

原子炉実験所は、研究用原子炉(KUR)、ホットラボラトリ、臨界集合体実験装置(KUCA)、陽子加速器(FFAG,BNCT用サイクロトロン)、電子線型加速器、コバルト60ガンマ線照射装置等のさまざまな大型装置を利用し、放射線やRIを用いて全国の研究者が自らの発想に基づいた研究を自由に行うための場を提供してきており、幅広い学術分野を基盤から支えるという役割を果たしています。その結果、熊取キャンパスでは、幅広い研究分野の研究者が日常的に交流し、互いに刺激し合いながら新しい複合研究分野を生み出します。我々はこの様な新分野を「複合原子力科学」と定義し、新たなフロンティアの開拓を積極的に推進しています。

例えば、放射線利用研究におけるBNCT研究は、正常細胞をほとんど傷つけないまま、がん細胞だけを死滅させることができる画期的ながん治療法の研究です。医学・薬学・中性子科学・ビーム科学・加速器学・研究炉管理等の専門分野が連携しており、どれが欠けても成立することができないもので、まさしく原子炉実験所のような幅広い分野の研究者が日常的に交流する場があってこそ生まれたものです。

さらに、エネルギー分野における加速器駆動未臨界システム(ADS)研究は、原子力の大問題である放射性廃棄物の処理・処分研究につながるものです。高エネルギー陽子加速器(FFAG)と原子炉(KUCA)を結びつけたシステムは、加速器と原子炉の両方の分野における高度な研究能力が組み合わされることによって初めて実現したものです。この分野では、世界唯一の高エネルギー陽子加速器利用ADSを熊取に建設し、国際原子力機関(IAEA)が主導するプログラムにおいて世界標準となるデータを生み出す等、大きな成果をあげています。

さらにその先へ

KURでは、日本初の中性子導管や冷中性子源設備、また世界初の本格的スーパーミラー中性子導管や精密照射装置というような、研究用原子炉を利用する上での歴史的な実験装置が開発されてきました。このような先人の努力を土台にして、現在も世界をリードする研究が進められています。しかし、KURは長期保全計画に基づいて健全を保持しつつ、多くの研究に利用されているというものの、新たな将来計画を立案しなければならない時期となっています。さらに、京都大学・熊取町・大阪府の3者による「熊取アトムサイエンスパーク構想」も、積極的に推進していかなければなりません。このように、やるべきこと・やりたいことが山積する中、一層の努力を重ねて行きたいと考えています。皆様方には、今後ともご支援、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

京都大学原子炉実験所長 川端 祐司