京都大学 複合原子力科学研究所
核放射物理学研究室

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核共鳴非弾性散乱

核共鳴非弾性散乱法

核共鳴散乱過程において、原子核の励起準位のエネルギーと同じエネルギーのX線(γ線)を共鳴散乱する場合を核共鳴弾性散乱と呼びますが、励起準位のエネルギーにフォノンなどの準粒子の励起エネルギーを加えたエネルギーのX線(γ線)で共鳴散乱が起こる場合があります。これを核共鳴非弾性散乱と呼んでいます。 よって、励起X線(γ線)のエネルギーを励起準位付近で変えながら共鳴散乱を起こさせることで、非弾性過程を通してフォノンのエネルギー分布などを調べることが可能になります。
この方法は、高温超伝導体などの物性物理、地球深部の超高圧状態の研究、さらには生命科学分野での研究などといった大変幅広い分野で利用されています。特に、最近ではStanford大との共同研究で生体酵素系の活性中心の構造と機能に関する研究で大きな成果をあげることが出来ました(京大プレスリリースのページ)。

以下に我々が行ってきた研究を少し紹介しますが、その前にちょっとフォノンなどのエネルギースケールについて考えみたいと思います。 原子核の励起エネルギーは特殊なものを除けば10keV以上ですが、フォノンのような準粒子の場合には10meVのオーダーで、6桁以上小さくなっています。 ところが原子核の励起準位の線幅(不確定幅)にはneV程度のものも存在しています。つまり、原子核の励起エネルギーはフォノンに比べて十分正確に決まっていると言えます。 よって、meV以下の線幅に分光したX線(γ線)を使えば、10 meV程度のスケールのフォノンを精密に調べることが可能となります。放射性同位体(RI)線源で10meV程度もエネルギーを変化させることは大変難しいのですが、シンクロトロン放射光では広いエネルギーレンジでエネルギーを変化させることが可能ですので、このような測定を実現することが可能です。 そして、当研究室が世界で初めて放射光核共鳴非弾性散乱測定を行いました。下図は、最初に測定が行われたFeのフォノンエネルギースペクトルです。
NRIS-Fe

具体的に、このような測定を行うためには、放射光をmeVオーダーの幅で取り出してエネルギーを変化させる必要があります。 このために、シリコン(Si)単結晶を用いて、その高次のBragg(ブラッグ)反射を利用した高分解能モノクロメータを用います。下図は実験のセットアップを示したものです。 エネルギー幅の広い入射X線を高分解能モノクロメータがmeV程度にまで分光し、そのエネルギーを共鳴励起付近で変えながら試料に照射し、共鳴散乱をエネルギーの関数としてプロットすることで、フォノンエネルギースペクトルを測定することが出来ます。
Exp-NRIS

左下の図は、電子格子相互作用により温度の低下(290 K)に伴ってFeサイトが電荷分離(Fe4+→Fe3++Fe5+)を起こすCaFeO3中のFeの非弾性散乱エネルギースペクトルの温度変化を示したものです。 核共鳴非弾性散乱法は、共鳴励起を利用しているため化合物中の特定の元素(同位体)だけのダイナミクスを抽出できるという特徴があります。右下の図は、このスペクトルからCaFeO3中のFeだけのフォノン状態密を求めたものです。
CaFeO3 spectraPDOS CafeO3
また、このような共鳴励起を用いることで、他の方法では困難な物質中の微量な元素(同位体)のダイナミクスも測定することが出来ます。下の図はAl金属中の微量(170ppm)なFeのフォノン状態密度を測定することに成功したものです。 このような微量な元素のダイナミクスを直接測定することは困難でしたが、この測定により、微量なFe原子が周辺のAl原子と共鳴的な振動を行っていることがMannhaime等のGreen関数法を用いたImpurity theoryによって確かめられました。
Al PDOS
また、この方法はFe系超伝導体の研究にも用いられています。以下のスペクトルは超伝導転移温度(Tc)26Kの超伝導体LaFeAsO0.89F0.11のフォノン状態密度(青丸)と第一原理バンド計算によって計算されたフォノン状態密度です。 これらの結果の解析から、この物質の電子・格子相互作用は高い超伝導転移温度を説明できるほど大きくないことが示唆されています。
LaFeAsOF PDOS
このように、核共鳴非弾性散乱法はこれまでの測定法では不可能であった測定を可能にする事ができる方法で、超伝導体をはじめとする未解明の研究課題へ用いられています。