原子核の中をさぐる〜核モーメント〜

原子核は陽子と中性子から出来ているといわれますが、その構造はどうなっているのでしょうか? また陽子や中性子は核内ではどういう形で存在しているのでしょうか? そのヒントを与えてくれるのが核モーメントです。

原子核は陽子と中性子が結びついて出来ているというのは良く知られており、特に核力が短距離力である事から、陽子と中性子がおむすびのように固まっているかのようなイメージをもたれることもしばしばです。
しかし、実際の原子核を調べてみると、そのような単純な描像はあっさり裏切られます。短距離力である核力で束縛されている各々の核子に着目すると、あたかも一体ポテンシャルの中を動いているかのように振る舞います。 原子核の中で陽子や中性子が動くとどうなるのでしょうか?陽子は正の電気を持った粒子なので、核内で電荷の移動、つまり電流が発生し、それにともなって磁場が発生することになります。
これは原子核が磁石としての性質、つまり磁気モーメントを持つことを意味します。スケールは違いますが、地磁気も外核の流動性によって発生する電流が起源とも言われています。

原子核の磁気モーメントの由来。核子の運動と核子自身のもつ磁気モーメントの合成である。

特に基底状態に近い原子核の場合、単一粒子模型という描像がよく成り立つ事が知られています。これは不活性な芯の周りを回る1個の核子が原子核の性質を決めているという考えです。

単一粒子模型の考え方。最後の核子の性質で原子核の性質が決まっていると考える。

一見すると非常に荒っぽい近似に思えますが、実際の原子核と比較すると原子核の性質を理解する第一歩としては大変よい近似であることが判ります。この単一粒子模型をもとに、原子核の磁気モーメントを記述すると以下のようになります。

原子核の磁気モーメントは、核子(陽子や中性子)自身の磁気モーメントと、核子の軌道運動で生まれるモーメントの和である。

つまり、最後の核子自身の持つ磁石としての性質と、最後の核子が軌道を回る事で生まれる分との和であるということです。核子が上(軌道角運動量と平行)か、あるいは下(反平行)を向いているかでも値が変わることがわかります。完全に上向きの場合と下向きの場合の計算値をシュミット値と呼びます。シュミット値と実際に測定された原子核との磁気モーメントを見てみましょう。

シュミット値と実際に測定された原子核の磁気モーメントの比較。ほとんどの原子核がスピンが上向き(l+1/2)と下向き(l-1/2)の中間に挟まっている。

このように、シュミット値は最初の一歩としては成功していることがわかりますが、実際の原子核の値をきちんと予言する事ができるわけではありません。

これは、原子核の構造の複雑さを示唆しており、核子がある一つの波動関数だけで表される状態に無いのでは?とか、核力の性質やそれが生み出す一体型ポテンシャルの理解が不十分なのではないか?あるいは、核内の陽子や中性子は自由空間にあるときと同じなのか?などの様々な原子核内部の構造に関する疑問を生み出す源であるとともに、その疑問の答えを探る上でのヒント自身でもあります。

私たちは、詳細な核力や波動関数の取扱いの可能な理論計算との比較に耐えられる精度での磁気モーメントの精密測定を行い、その結果から原子核の構造や核力についての理解を深めていきたいと考えています。特に、ISOLで生み出される安定領域から遠く離れた不安定な原子核の磁気モーメントを測定することで、不安定核の構造を理解出来るようになりたいと考えています。

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