摂動角相関

原子核はスピンやパリティ、磁気モーメント、電気モーメントを持ちます。これらは原子核内部での核子の運動や配位、電荷の分布を反映した非常に重要な物理量です。
そのなかでも核モーメント(磁気モーメント・電気モーメント)を測定する事で、原子核内の詳細な構造に関する情報を得られます。その核モーメントを測定するための方法には、MRIの原理として有名な核磁気共鳴法をはじめとしたさまざまな方法がありますが、γ崩壊をともなう寿命の短い原子核の励起状態に対して適用可能な方法なのが摂動角相関です。

一般に原子核の励起状態が別の状態へ遷移するとき、エネルギー保存則や角運動量保存則を満たす形でガンマ線を放射します。その際の放出角度分布は核スピンの方向に依存したものになります。偏った核スピンからは偏った角度分布のγ線が、逆にγ線の放出された方向を押えると核スピンの向いている方向が推定出来ることになります。核スピンの方向が偏った状態を核整列状態と言います。 ちょうど核整列した原子核から放射されたγ線は原子核という灯台の放つサーチライトと言えます。

γ線はγ遷移の始状態と終状態によって決まる角度分布を示すため、特定のスピン方向の核だけのγ遷移を観測すると放出方向に偏りが生じる。逆にγ線の放出された方向を決めると、核スピンの方向を推定出来ることになる。

また、この事をつかうと、2つのγ遷移γA、γBに挟まれた中間準位のスピンを同定することができます。線源の周りにある角度θをなすように2つの検出器をおき、1つ目の検出器で最初のγ遷移γAの放射線を検出し、かつ2つめの検出器でのγBの検出をした数を角度を変えながら測定していきます。すると、中間状態のスピンと前後のγ線の角運動量を反映した角度分布が得られます。これは角度相関と呼ばれるものです。

角相関の方法。二つの検出器の角度を変えながらγAとγBを同時に検出した個数をプロットすると、検出器の間の角度によって強度に変化が現れる。

角度相関が現れる理由は、1つ目の検出器でγ線を検出することで特定の方向のスピンを向いた核を選んだことになります。つまり1つ目の検出器で核整列をつくっているわけです。その核からの偏ったγ線を2つ目の検出器が見ることになるからです。

この測定では1つ目の検出器で選んだスピンの向きがそのまま2つ目でも見えると仮定しています。実際中間準位の寿命が短い場合はそれで構いません。しかし、中間準位の寿命がある程度長い場合(アイソマーと呼ばれる準位)の場合はどうなるでしょうか?もし、中間準位の寿命の間にスピンの向きを撹乱する何かが起きれば角相関は変化することになります。このことを上手く使ったのが摂動角相関(PAC)の手法です。

摂動角相関では、原子核のもつ核モーメントに電磁場を作用させて核スピンの向きを意図的に変化させ、その時に発生する角相関の変化を検出します。 たとえば、中間準位の磁気モーメントを測定する場合、原子核に磁場を加えます。すると原子核は磁気モーメントと加えた磁場で決まる周波数で歳差運動を始めます。

top

磁気モーメントを持つ原子核を磁場中に置くと歳差運動をする。磁場中に置かれた原子核のスピンは、この歳差運動によって向きが時間とともに変化していくことになる。

原子核が中間状態にある間に歳差運動をすると、時間とともにスピンの向きがどんどん変わることになるため、得られる計数も時間とともに多くなったり少なくなったりします。ちょうど、灯台のサーチライト(偏りのあるγ線)を見ていると、時間とともに明るくなったり暗くなったりするのと同じ原理です。

(※クリックすると動画で見れます。)クリックすると動画が見れます。(QuicTime2.23MB)

摂動角相関の方法。上の例は磁気モーメントの測定例。一つ目の検出器で核整列を生成し、歳差運動をする原子核からのγ線の強度変化を二つ目の検出器で検出することで、強弱の周期から磁気モーメントを求める。

111Cdの245keV準位の磁気モーメントの測定の例。111Inの溶液を強い磁場中に置き、111Inの崩壊にともなって生成する111Cdの245keV準位の前後の171keVと245keVのγ線を捉える。

このような摂動角相関の測定はいろいろな場所で行われています。熊取では主に原子炉の中性子を使って作った中性子過剰核の測定を行っています。短寿命の核を対象とする場合は、原子炉にあるISOLのビームラインでPACを行います。特に物性に関する測定の場合はトレーサー棟にあるPAC測定装置を使います。物性研究の場合は低温(液体ヘリウム温度)や高温(数百度)の状態の試料を測定する必要があるためで、これらの試料の加熱・冷却の装置との組み合わせを考えた設計になっています。 また、原子炉以外でもPAC測定は行われており、我々の研究室が協力、ないし主導的に測定を進めているものもいくつかあります。最近では理研のRIPSを使って生成した不安定核でのPAC測定(我々の研究室が協力)や、東北大でアイソマーの島と言われる領域での核構造議論のための磁気モーメント測定(我々の研究室が協力)、Z=50、N=82の二重閉殻近傍の核構造議論のための磁気モーメント測定(我々の研究室が主導)を行っています。

摂動角相関(PAC)測定装置の説明は、共同利用実験装置のページにも掲載されています。

★我々のグループの他にも多数のPACによる研究を進めているグループがあります。そのようなグループは以下のリンクにまとめられています。
http://pacweb.hiskp.uni-bonn.de/mediawiki/
http://defects.physics.wsu.edu/hfi-group-links.html

top