なぜ原子炉なのか?

核ビーム物性学研究室では原子炉を利用した不安定核の生成を行っています。
原子炉を利用するメリットとは?加速器での不安定核生成との違いは?

自然界には7,000種の原子核が存在すると考えられていますが、実際に人間が発見した原子核の数はまだまだ遠く及ばない状態です。実際に発見されている原子核と理論的に存在が予言されている原子核を表した核図表(原子核を縦軸に陽子数、横軸に中性子数をとって並べたもの)を重ねて見ると、そのことがよく判ります。

安定核の陽子数と中性子数の関係。安定核をよく見ると、Caあたりから次第に傾きが小さくなり、 陽子数=中性子数が成り立たなくなっている。

核図表の中心部分を走る黒い領域が安定核で、その下側の領域である中性子過剰核側には膨大な数の未知の原子核が存在すると期待されます。宇宙でのウランに至る重い元素を合成するにはこれら未知の原子核を経由する必要があると考えられるなど、この未知の領域を開拓し研究する事は非常に重要な意味があります。

原子核は陽子と中性子が核力によって結びついており、β崩壊の安定性から陽子数=中性子数で安定となると考えられます(いわゆる「ベータ安定の谷」)。実際の核図表を見てみると、軽い領域では陽子数=中性子数である場合が安定核となっていますが、重くなるにつれて安定核が中性子過剰側に寄っていることがわかります。

安定核の陽子数と中性子数の関係。安定核をよく見ると、Caあたりから次第に傾きが小さくなり、 陽子数=中性子数が成り立たなくなっている。

このように中性子過剰側へ寄っていく理由として、陽子が正電荷を持っていることでお互いがクーロン力により反発しあうため、中性子数を増やして陽子の反発力を小さくした方が原子核全体として安定になるためと考えられます。
重くなればなるほど安定核になるために中性子を余分に持つ必要があるわけです。

この事は中性子過剰核へのアプローチを考える際に極めて重要になります。
中性子過剰核は「安定核よりも中性子の多い核」である以上、

軽い安定核同士を融合させて出来た重い核は陽子過剰になってしまう

というわけです。
実際、超重元素の探索で見つかる新しい元素は陽子過剰側に偏っています。また加速器をつかった中性子過剰核の生成では、重い安定核から陽子を多数はぎ取るような反応を使う場合が多くなっています。

しかし陽子をはぎ取る数が一つ増える度に反応断面積が指数関数的に下がるため、安定核から離れた領域になればなるほど困難の度合いが増してきています。

ここで、逆の発想をしてみます。重い安定核が二つに割れるとどうなるかを考えてみましょう。
重い原子核では陽子のクーロン力を弱めるためにより多数の中性子を持つ事で安定な状態になっています。
その原子核が二つに割れるのですから、

重い安定核が分裂して出来た核は中性子過剰になりやすい

わけです。
では、そのような重い核の分裂という現象は、ウランなどの重い原子核での核分裂としてよく知られています。
例えばウラン235に熱中性子を与えると核分裂を起こす事は良く知られており、原子力発電などでの応用が行われています。このときに出来る核分裂生成片はまさに中性子過剰核だらけといえます。
実際ウラン235で生成される核分裂生成片には質量数95、140を中心とした中性子過剰核が生成される事が知られています。

そこで我々は熱中性子源としての原子炉に着目し、原子炉を運転して発生する熱中性子を利用して不安定核の生成を行おうとしているわけです。 京都大学複合原子力科学研究所原子炉は最大5 MWの出力で運転される小型の原子炉ですが、それでも加速器とは比べ物にならない量の熱中性子を得ることができます。 1 GeV 1 mAという世界最大規模の加速器のビームですら高々1 MWの出力でしかない事を考えれば、原子炉の有効性が認識出来るかと思います。

中性子過剰核生成の核分裂による方法と加速器による方法の比較。
中性子が熱中性子吸収後の核分裂で容易に到達出来る領域でも、加速器だと5〜10個の陽子をはぎ取る必要があることがわかる

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